業務連絡
『あづまぢリンク』別館「おすすめ展覧会(東海圏)」を、
『白瑠璃の碗』に移行します。
ブクマ等、変更 願います<(_ _)>
2014年03月03日
印象派を超えて−点描の画家たち
愛知県美術館(栄)
印象派を超えて−点描の画家たち
ゴッホ、スーラからモンドリアンまで
https://twitter.com/forimalist/status/439385139588505600
「中日新聞の文化部記者のE氏は、愛知県美術館で現在開催されている「印象派を超えてー点描の画家たち」展について、あいちトリエンナーレ2013に関する座談会のときのように、「よそから持ってきた(現代)アートなるものを集中的に縦覧させて、地元を疲弊させるだけだろう。」と言うのだろうか。」
なんていうの? 開催そうそうに、こういう本旨と関係ない、なにを擁護しているのか判らない、出鱈目な言説が出ると、みんな萎えてしまうし、興が醒めてしまうのでは?
ホントに本旨とは関係ないので、反論は後段に譲ることにする。
気持ち切り替えていくよ! まず、日本画では、そうたいしてでもないんだけど、西洋画というか油絵には顕著に表れるんだけど、描点と絵画点の話をしないといけないんだけど、例えば荻須高徳の絵画(別に、どんな油絵の風景画でもいいんだろうと思うけど)を見た時に、仮に樹の表現をみてみよう。遠目で見るとしっかりした樹木(絵画点)なんだけど、枝の1本1本を、じっくり見た時に、結局は1本の茶色の線(描点)なわけ、それは木の枝なら筆の繊維の1本1本まで確認できるし、壁ならコテで引き延ばした感じが、左官職人の、まさに手仕事な訳。
油絵を見るときに、描点と絵画点は注目して見るべきなんだと、とくに点描画をテーマにした今回の展示のような展示では。
内容いく前に、展示の様子を説明しておくと、絵画に近づけないようにするための柵が、点描という展示の性格上、ほとんど機能していない。「ココの表現がさ!」と指をさそうものなら、作品に手が触れてしまうくらいの勢い。「私はそんなバカぢゃないから、指さしても作品にぶつけることはない」と思うかもしれないが、隣で見てる人は非常にひやひやしてストレスがたまる。監視員も明らかにアウト以外は見て見ぬふりだから、作品を指さすことは自重した方がいい。身を乗り出してのぞき込むのも、そうなんだろうな。
そのくらい近くで見れるのでメガネをかけて不自由のない生活をしている人には、ストレスなく描点を体感できると思う。
(初期の)印象派の逆に描点を意識させない作風から、ポスト印象派(展覧会中では新印象派という語を使用していた後期印象派とも言うんだけど、あまり厳密な意味を持たせずに描点の意識的な加工をしているのをポスト印象派と呼ぶことにする)スーラ・シニャックの意識的に描点をドットにした表現、ゴッホの、あの独特の色使いと長めの描点、スーラ・シニャックの血脈をうけるベルギー・オランダの分割主義(描点を補色の効果を利用して色鮮やかに見せる絵画方法になるのか?)も十分に楽しめる。
まあ、老眼とか、人がいささか多いので、作品の正面で長く見ていられないと言うときに、人垣より向こうから単眼鏡を使って長く眺めるのもいいのかもしれない。まあ近くまで寄れるから、そんなに必要ないかもだが、単眼鏡持ってるなら、持っていって、迷惑にならない程度に恥ずかしがらずに使ってみたい展示内容。
展示内容に入ると、目玉はスーラの「ポール=アン=ベッサンの日曜日」これは、教科書に載るほどの名作。あとゴッホの「種まく人」、モンドリアンの「赤と黄と青のあるコンポジション」くらいかな? スーラが早世と言うことで、スーラの後を受けるシニャックの作品が、ある程度まとめてみられるのもいいのかも? そんな「これぞポスト印象派でござい」という「アートなるものを集中的に縦覧させ」ような暴力的な展示ではないので、安心して楽しく絵画鑑賞ができると思う。
軽く「よそから」でもないと指摘しておくか。なんていうの? 地域でおこなわれる展覧会というのは地域の歴史というか、足を運んだ人の意識とか認識も左右するんだと思う。そういう意味で、愛知県美術館で開催した『ジャクソン・ポロック』展は記憶に新しいところだろう。(こうかくとネタバレが先になるか?)
印象派が、それまでのアカデミックな絵画と一線を画したように、ポスト印象派も印象派という前提を受けながらも、色彩理論という新しい考え方で、新たな絵画運動して点描とか分割主義を展開していく。それはフランスからベルギーやオランダにも伝播して、「《7月の朝》あるいは《果樹園》あるいは《庭園に集う家族》」のようなスーラの完コピのような作品から、ヘステルの「モントフォール近くの風景」のような、ゴッホの絵画を独自に解釈し直すような試みに結実する。
なんとなく工業的なインダストリアル・デザインに画集などでは思われるモンドリアンも、本物を見ると、経年的な痛みもあるかもしれないが、非常に人の血の通った、生々しい作品であることに気付く。
それを受けて登場したのがポーリングのポロックで、ポロック展を見た地域の多くの人間がスーラの点描にポーリングの源泉を見たのではないだろうか?
それは「よそ」で体感されることなのだろうか?
まあ、あまり芸術に対して「かくかくしかじかで、あるべき!」とワン・イシューにしてしまうことには反対で、玉石混淆というか自分の知識や経験に合わせて、多様な発言がされることの方が、文化的に豊かな地域だと考えているが、最初の発言のように、ツイッターの他人の発言に酔って、いかにも自分以外(E記者)はバカという態度には、きちんと抗議しないと、今回の展覧会も低く見られてしまうし、こういうテロ的な行為がおこなわれることで、多様な発言が奪われてしまう、まさに「文化不毛の土地」になりかねないのではないだろうか?
逆に言ってしまえば今回の『点描の画家たち』が「よそから持ってきた(現代)アートなるものを集中的に縦覧させ」た展示だと考える(この認識は見当違いだと思う)なら、あいちトリエンナーレも、この規模を凌駕する必要がないのでは? だって、『点描画の画家たち』で満腹感とか、ともすれば胃もたれもしたんでしょ? いくら、あいちトリエンナーレが全部見る必要のないアートの祭典だとしても、愛知県美術館で展示を工夫すれば胃もたれするくらい、こってりした展示(当たり前だけど、胃もたれするような展示はオーバーキャパシティーだよね)を開催できるなら、それ以上の規模はオーバーキャパシティーだよ。
以前にツイッター上で言及したのがコレ。
https://twitter.com/kagachi_ecm/status/439585595262640128
まあ、そろそろ総監督も舞台監督も自分たちの主張が小我ではなく大我であることを説明するべき時期がきているのではないか?
あいちトリエンナーレには多くのボランティアが参加していて、僕の心の痛みは、ボランティアも共有しているハズだから大我だと言うかもしれないが、それは、言いかえれば、みんな楽しんで番組作ったのにBPOのあのジャッジは何? という内輪のウケの話でしょ?
中日新聞には、言論の自由もあるし、あいちトリエンナーレが客観的な批評に耐えうる規模でない(人間個人の認知領域を凌駕する)展示だと思うし、自分以外の認識は認めないというなら、そういう手続きで、中日新聞の総評の前にパブリックにコメントを出してしまえば良かったのでは?
もう、それ以上に、地域の文化として、アート界隈と新聞、そして一般市民の間に、ガラスのかい離が、総監督・舞台監督の発言でできてしまった訳でしょ?「私は、よそ者だから」と放棄せずに、ちゃんと発言で一石を投じれば、地域の文化が豊かになるというスキームを提示して欲しい。
こぶしは挙げたけど、下ろし方は考えていない、あるいは、間違っているのは中日新聞(間違った発言でも言論の自由はあるのでは? もっと別のプレゼンテーションは考えられなかったの?)だから、新聞という権力に対する聖戦だから、私たちは負けないとでも思っているのだろうか?
こういう小我による独りよがりをして「地元を疲弊させるだけ」の言説だと思うのだが、ちゃんと、これまで以上に豊かな芸術批評の空間を返して欲しい所。
2013年12月04日
2題(1)
清須市はるひ美術館
企画展
変身 歌舞伎展
【終了しました】
国立劇場の歌舞伎関連の浮世絵群、三越伊勢丹(もともと、どっちの資料なんだ?)の歌舞伎衣裳、御園座の押隈(おしくま:歌舞伎のデーモン小暮閣下のような化粧を落とす時に布に押しつけたもの)、舞台装置などをを軸に、高浜市かわら美術館、岩瀬文庫など近隣の資料で補強した展示。
けして広いとは言えない展示室だが、浮世絵のボリュームは壮観、衣裳も柵もガラスもなくまぢかで見られた。
個人的に興味深かった展示品をあげれば、「四条河原遊楽図屏風」は若衆歌舞伎になるのか? 歌舞伎の見世物小屋的なムシロで区切られた場所をメインに、四条河原での人の往来が描かれている。右から2曲目に物乞いが描かれていて、現代の感覚で言ったら、興行に際して、そのような「見苦しい」とされるモノは排除されがちだが、平気で描かれてしまう。絵画は、さらに虚構であるにもかかわらず、それがなされるのは興味深い。
あと「香箱と鬘付」香箱と呼ばれる箱と鬘付と呼ばれるブロマイドと着せ替えが一緒になったようなモノを切り抜いて作れるようになった浮世絵。こういうモノが、切り抜かれずに残っているのもスゴいが、技術革新はあるものの、ファンの心理は今も昔も変わらないことを思わせる。歌舞伎と言えども、現代の感覚で言ったらAKBやジャニーズのようなものなのだ。
古川美術館 特別展
特別展 藤森兼明
−祈りの美 イコン・彩飾写本とともに
分館 爲三郎記念館 特別展
「唐長の世界〜京唐紙のこころ〜」展
ブシコー派の時祈書が4年ぶりの公開と言うことで、見にいく。僕が見た時は「キリストの誕生」の場面だった。時祈書に関連してロシアイコン、零葉(時祈書のような彩飾写本が鑑賞のために製本がとかれて1ページだけになったもの)も展示されている。
藤森兼明展は、まずは作風が好きかどうか? また、モデルさんが好きと言ってしまうと、ややこしいことになるのかも? おしむらくは2階の照明とカンバスのはく落防止剤の相性があんまり良くないのか、視点をしぼられるのが、残念というかおしい。
爲三郎記念館は古川美術館の創業者・古川爲三郎の私邸だった建物を展示施設と喫茶スペースとして公開しているもの。唐長(からちょう)は京都にある唐紙屋さん。唐紙は和紙に木版で模様を印刷した装飾性の高いもの。ちょっと高級目の単色刷の千代紙というと雰囲気がつかめるだろうか?
個人的には葵の間の「大渦」の風炉先屏風と玄関の「菊市松」屏風が好き。風炉先屏風というか枕屛風が欲しいなと思うんだけど、いくらぐらいするんだろうね? まあ置き場所考えないと、あっても邪魔なだけなんだけど。
2013年05月19日
3題+1題(4)
【終了しました】
清洲貝殻山貝塚資料館
国重要文化財指定記念展
「朝日遺跡、よみがえる弥生の技」
【終了しました】
清須市立図書館1階 歴史資料展示室
サテライト展示
「朝日遺跡のはじまり」
朝日遺跡は清須市から一部、名古屋市にまでまたがる弥生時代を中心にした遺跡。
銅鐸や青銅製品や低湿地の遺跡と言うことで多くの木製品など、全国的に見ても貴重な資料が出土し、遺跡の規模から考えても東海とか中部圏を代表する遺跡。で、出土品が、このたび重要文化財に指定された。
でも、一般に弥生時代というと記紀の語る以前の、いわゆる先史(プレヒストリック)の時代で、イメーヂも牧歌的で稲作の始まった頃という、ぼんやりというか教科書程度の記述にしてしまうと、どうしてもこんな話になる。
しかし、日本語とか日本の社会制度にとって大きな変革の時代で、実際には長さも教科書的に言っても6百年、実際には7百年くらいになるのか? 近代と比べたら長大な時間だし、織豊期からこっちを考えても、それよりも長い。それが、単一の社会構造や一定の社会構造のままで、存続していたとは考えにくい。
ある意味で、その複雑な社会構造を知るための鑑になりそうなのは『様式と編年』とよばれる土器の形式変化の過程を見ていくこと。
朝日遺跡というか尾張地域の弥生時代の始まりは、縄紋的な土器を使い、西からの土器の移入には一呼吸あるとか、細頸壺と呼ばれる壺には口の所に横に何本かの線を引くことが西から伝わると、三河地域は、その流入を一旦拒否して黒色の大きな壺を作るようになるとか、東海地域に独特の赤彩の土器が使われるようになるとか、そういうのが一目で判るように展示されたら、牧歌的とか稲作だけの弥生像ではなく、多様な部族同士の協調や反発の歴史としての弥生時代が感じ取れるのではないだろうか?
ただ闇雲におこっているだけではないことを、ここに記しておく。
ああ貝殻山貝塚資料館は5月28日まで展示替え休館。
清須市はるひ美術館(旧・春日村)
企画展 清須ゆかりの作家
加藤正音展
ノーマークだったので、いい人を見つけた感じ。
歴史に取材した日本画になるのか?
道成寺(安珍と清姫)、壬申の乱、三英傑、徳川宗春と言った感じ。
食わず嫌いではるひ美術館は行ってなかったのだが、図書館・美術館・歴史展示室の複合施設として優れた場所。市町村合併の後で展示が「清須の」になってて痛々しかったり、図書館で中学生や高校生が勉強しているのが、ちょっと疑問だったりする、以前の使用状況と言うが分からないので軽率なことは言えないが。たけお問題もあり、中高生が図書館で勉強するのはデフォルトという感覚は、生活環境の問題もあって賛否両論の極端に別れる所なんだろうが、個人的には「図書館で宿題をやる人は図書館の1次的な利用者ではない」という立場。
県立図書館では、座席を利用するには申請が必要だし、大学の図書館でも高校生がテスト期間に勉強に来て本来業務に差し障りが出てくる(今は大学内は身分証がないと建物に入れないんだけどね)とか、本来的には図書を探す場所、借りるところというのが図書館で、元来、図書館が勉強部屋になることは反対だし、勉強するところがない人を(家庭の事情などを加味して)判断して許可証を出すとか、公民館や市民センターの空き時間を利用して「宿題用学割」みたいな制度で「宿題部屋」を作った方がいいのではという立場。ちょっと「たけお問題」の専門家が、そのことに対して、根本的な、そもそも論をしないのはおかしいのでは?という立場。「ネットで真実を知った」的な話が昨今、聞かれるが普通に一般市民が一般の生活をしていても「ネット上の、この論点はおかしい」的な現象にあってしまうのでね。
名古屋パルコ パルコギャラリー(西館8F 矢場町)
きゃりーぱみゅぱみゅーじあむ
2013.0516〜0610
展示品撮影可でパンフレットはないのかな? 音声ガイドでストーリーが展開するので音声ガイドは必須、恥ずかしくても借りた方がいい。
内容はきゃりーぱみゅぱみゅさんがミュージック・クリップなどで着た衣裳の展示なのだが、ストーリーが凝っているので、その辺は会場で。
第一印象は、当たり前の話なんだけど「きゃりーちゃんって、こんなに小っちゃかったんだ」という、当たり前かつ忘れがちな感想。
いい意味で見世物小屋感があって、すごくいい感じ。グロテスクとカワイイとか独特の世界観のある衣裳や小物が、ハレの空間のドロッとした猥雑さと相まっている感じ。これは、けして私がオジサンだからではない。
あとは世界観を維持するためのマヌカンさんの努力がハンパない! ここは注目ポイントかもしれない。
ただ、やっぱ、おしむらくはパンフレットがあるとな・・・どっちかって言うと制作時間を長くすると凝り過ぎで、とんでもないことになるという体で、きゃりーぱみゅぱみゅというプロジェクトは動いている感じがして、その中でも衣裳や小道具の記録写真的なモノは必要なんだと思うんだよね。ひるがえって僕は自分の撮影能力やスマホやケータイの性能(まあコンデジとか用意すればいいのカモだが)は信用してなくて、その辺での撮影可で、やっぱパンフレットが欲しいな。逆にシンプルなA4横長の16ページくらいのがいい。
2013年04月27日
3題(3)
愛知県美術館(栄)
プーシキン美術館展
−フランス絵画300年−
音声ガイドが杉下右京こと水谷豊氏と言うことで、早速、見にいく。
キュレーションの全体に言えることなんだけどギリシアとかキュピドとか、ギリシアの神々の読みクセが独特(ロシア訛りなのか?フランス?)
作品は手堅いと言っていいのではないだろうか?
17世紀のギリシア神話、キリスト教のような古典を題材にした作品や肖像画、モネ、ドガ、ルノアール、ゴッホ、ゴーギャンなどの印象派、ポスト印象派の作風のひな形的な作品、マティス、ルソー、シャガール、レジェの「建設労働者たち」など印象派以後のフォーヴィスムの作品と、日本で言うならポーラ美術館やヤマザキマザック美術館的と言っていいのではないだろうか。
人出も有名作家の回顧展に比べれば比較的落ち着いた人出なので、17世紀〜20世紀の西洋絵画、とくにフランスに焦点を当てて、概観したい向きにはうってつけ。
杉下警部は芸術や音楽にも造詣が深いので、ナレーションのあとに、その絵画にまつわる新たな視点を教えてくれる。
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
アニメ化40周年
ルパン三世展
『ルパン三世』という物語を現代批評の文脈に落とし込もうとすると・・・なんてことは、別に僕がやらなくても、誰かがやればいい話であって、そもそも、文脈というかモードやトレンドで内容が変わるような話には興味がない。もっと、そういうモノを、そぎ落としていって不変なモノが、存在するとすれば、そのことの話をしたい。
昔、平日の夕方は子供たちに解放されていた!今のようにニュース一辺倒ではなく、アニメの再放送が主流だった。『ルパン三世』にしろ『ガンダム』にしろ、リアルタイムで本放送を観た人は少数で、夕方の再放送の視聴者がほとんどなのではないだろうか?
『ガンダム』を語る人に『ルパン三世』が語れないのは、『ルパン三世』が『ガンダム』の裏番組だからで、しかも、この指摘にうなずけるのは、70年代産まれ30代までの比較的、若くない人たちだろう。
年に数回、日テレの金曜ロードショーで2時間のアニメを観るが、逆に20代以下で展覧会を見に来る向きは、深夜アニメの『峰不二子という女』を観て感動した、アニメの再放送組から考えたら、貴重な人たちなのではないだろうか?(ここまで展示の説明してないな。そうだ! 展示の説明なしで終わろう)
まあ、個人的に僕は『一休さん』の人で、『ガンダム』なんか「燃えあがれ〜♪」とかいいつつ、なんかくすぶったアニメとしか思わないし、『ルパン三世』も、お兄さんが観るアニメという感覚が強い。(なんで『一休さん』の回顧展ってないんだろう? アニソンでもフル尺のモノを今、購入できないでしょ?個人的な当てずっぽうだけど『一休さん』を好きな人はメインカルチャーに進んでいるんだと思うゾ)
まあ、結局、冷戦構造を前提とした、アメリカの軍事力の傘の中でエコノミックアニマルとして自由を謳歌した日本の象徴として、ルパン一味というのが存在して、銭形という日本のサラリーマンを象徴する「仕事に摩滅する」と「仕事しか充実することがない」を兼ね備えた人物が登場して、その細部の変相の歴史でもあったり。
名古屋市博物館
中国 王朝の至宝
音声ガイドが、通常版と『キングダム』版があって、『キングダム』版を借りたんだけど、結構あなどれない出来。役名で言うと信(シン)と貂(テン)のかけ合いなんだけど、シンが驚きながら、結構ガッツリした絵解きが出来ていて、役柄と脚本が、うまくシンクロしている。
展示は、おおよそ統一王朝の誕生以前(1章・2章)、統一王朝の漢と秦(3章)、仏教流入後の王朝(4〜6章)といった感じか。
以前NHKスペシャルで特集された、殷以外の長江流域の文明の青銅器や、仏像も数体展示されているが、1番は阿育王塔と呼ばれる宝篋印塔型の塔。
ショップでは2013年のカレンダーがオススメ。絵はがき6枚と考えればすごくお値打ちだと。
2013年04月21日
伏見2題(2)
名古屋市美術館(伏見)
上村松園展
やっと、わかった! 上村松園の個展が、なぜピンと来ないか。
描かれた美人達が食いあうというか、誰が1番かを、絵同士が張り合っているのではないだろうか?
例えば常設展に1点(例えば鼓の音72)とか、ホテルのロビーに1点(例えば花嫁80)とか、そんなに大きな絵でなくても、松園の絵であれば、その場の雰囲気を喰ってしまう。そのくらい迫力があるはずなのに、個展になると、どうしてもお互いにライバル関係になってしまって、惜しい感じがする。
でも2010年?に巡回した展覧会の次の個展で、名古屋で、あれだけ、まとまった数の上村松園を見れるのは非常に貴重な機会。美人画が好きな人は、もう必ず行くレベル。
目玉は、やはり「花がたみ42」なんだろう。楊貴妃33、静御前6もいい。まあ、お気に入りの1枚を見つけるのが美術館の楽しみなので、目玉だけでなく、「あいつフシアナ!」的に、自分の好きな1点を探してください。
あと展示で目に付いたのは「冬雨63と雪62」とか「初雪59と春雪61」のような同一人物と思われる連作が、アンディーウォーホールてきな、すごくポップな視覚効果が出ていて、個展も悪くないなと思わせる工夫に見える。
「美人観書85、桃の節供82、娘83」だったかな?別人で年齢も24、16、18くらい?かなと思わせるんだけど、額装がよく似ていて、連作的に見れて楽しかった。
ああ音声ガイドは羽田美智子さん(ゴメン、かりなかった)。
常設の第3室に上村松園の下絵が展示されている。下絵があれだけ丁寧に保存されているのにはビックリする。「花がたみ」の足下に、なぜ扇が落ちているのか? という疑問が、下絵を見ると解決する?
常設に草間弥生氏の展示が数点、ボートとケイタイのデザインが、やはり目を引く。エコールドパリはモジリアーニの「おさげの女」。郷土の展示に川合玉堂が1点。ピンとした画風からヘタウマの境地に至る過渡的な作品になるのか? 静けさの中に、おおらかな状景にみえた。あんまピンとした感じは好きぢゃないんだよね。
名古屋市科学館(伏見)
ドラえもんの科学みらい展
映像展示が多くて少し残念。展示室の大きさと入っている観客と展示の数がミスマッチしていて、非常に疲れる。音声ガイド借りたんだけど35分くらい、あの場所にいたら、もうクタクタW
いくら子供に受けても、大人が納得しないと、なかなか次に続かない。
体験型の展示を体験しようとすると、どれも15〜30分程度の時間が必要で、そのように用意して時間をみた方がいい。
(ちゃんと褒めれてないけど疲れた)
2013年04月04日
【EotY】2013年第1四半ベスト(1)
【ベスト】
まあ、このクールは出あるかなかったので、ベストだけを、その順番で。
土岐市美濃陶磁歴史館
織部−ソノ器、ヘウケモノ也−
別に「応挙展」を首席に持ってくるのであれば、そういう所が、そういう方法でやればいいのであって、まあ展示されるモノの価値というのは前提的にあるが、展示や着想に関しても綜合的というか、相加平均ではなく相乗平均的な数値を比較したいと思う。
まあ、それを時に「主観的」と言うのであるが・・・
やはり黒織部は、最近の僕のモードというか、世間的にもアニメやマンガの『へうげもの』の影響もあり再評価の機運があるのではないだろうか?
そういう伸びシロとして首席。
大垣市スイトピアセンター アートギャラリー
日本のアニメーション美術の創造者
山本二三展
~天空の城ラピュタ、火垂るの墓、時をかける少女~
もうアニメの世界もデジタル化してしまって、なんとなく無機質な(ポスターカラーで描いていた時は逆に求められたことなんだろうが、それが)画面が多いように感じるが、やはり人が描いたものの技術性や芸術性は、再評価すべき時期なのかも?
愛知県美術館(栄)
「応挙」展
もう、言わずもがなで、寺院のふすま絵の展示方法と言っても非の打ち所がない的な評価なんだろうな。
逆説的に「国宝」「重要文化財」という言葉が、作品の評価を転倒させているのではないかとも考えられる。
国宝や重要文化財でないから、発掘品は評価できないとか、現代の職人的な作業に芸術性の萌芽があるのか? という見る側に対する挑戦でもあるのかもしれない。
豊田市郷土資料館
特別展
明治の傑人 岸田吟香
〜日本で初めてがいっぱい! 目薬・新聞・和英辞書〜
もう吟香という人物を見つけてきた時点で勝ちな感じ。
高浜市やきものの里 かわら美術館
−東日本大震災復興祈念−
みちのくの瓦 東北と三州をつなぐもの
震災の影響もあって、再び歴史的にとか、文化財的な価値を再評価・再定義したい「東北」という地域。
「津波の一面のグレーから彩りを見せたかった」
やっぱ、東北の人が自分たちの文化としての彩りに目を向けられるようになったらいいな。
2013年03月02日
2題(5)
土岐市美濃陶磁歴史館
織部−ソノ器、ヘウケモノ也−
織部という焼き物というと、たぶん緑の釉薬に白い地肌の焼き物というイメーヂが強いだろう。
ホントに「織部展」にふさわしい、現代の感覚で「織部」と呼ばれる焼き物の総ぞろえと(古田織部が創作・意匠に大いに関与したであろう)志野と美濃伊賀の全国の優品と元屋敷窯を中心にしたタイプ別の分類と非常に密度の濃い展示。
図録は他館よりは割高感があるものの入館料と相殺してしまうくらいのレベル。展示品のカラー写真と小さいものの底部のモノクロ写真がついている。
展示でも工夫されているが、図録は織部入門者には必携なくらい、織部の釉薬や地肌による色彩と「織部好み」と呼ばれるカタチの妙を、技法の側面から丁寧に書いているのでオススメ。
個人的には、黒織部の幾何学文が大好きなので、元屋敷窯の物を特集でまとめた所が一番好き。
時間があれば隣の織部の里公園の窯跡の見学もオススメ。丁度、豊臣秀吉の朝鮮出兵と前後して、それまで使われていた大窯(おおがま)から、連房式の登窯(のぼりがま)に技術革新していくのだが、その両方の窯跡を見ることができる。古田織部は大窯も登窯も見てるんだよな多分。
織部の里とは反対方向になるが乙塚古墳というのもある。丁度、壬申の乱の功臣の墓になるのではないだろうか? 保存状態もよく整備もある程度なされていて、壬申の乱前後の墓制というのを、確認できるひな形的古墳。
愛知県美術館(栄)
「応挙」展
「応挙って(伊藤)若冲や(長谷川)等伯みたいな華がない感じしない?」と言う話をしたら、一般の人から言ったら「応挙の方がネームバリューは高い」らしい。
音声ガイドが、少しまどろっこしい説明だけど、少し表面的すぎるのかな? 呉春や蘆雪など円山四条派の門人達の逸話もあるといいんだろうけど、「写生、写生」って、確かに出世作は眼鏡絵と呼ばれる、いまでいう3Dに近い作品なんだけど(やばい! ほめてないぞ……)シグマの狭い中級者向きなんだろうな。。。
まあ、聞くと聞かないでは、大きくちがうだろうし、途中で放棄しちゃうのはもったいないけど、1度通して聞けば、それなりに応挙について詳しくなれちゃう、音声ガイド。
個人的には風景画? が好き「雨竹風竹図」「雪松図」山元春挙の「雪松図」もよかった。と当たり前のことしか書けないな。「波上白骨坐禅図」もよかった、ちゃんと指を定印に組めばいいのに、ああいう、こまかいイコノグラフを重視しないところが上田秋成とかに嫌われるところなんだろうな、なんとなく。
常設はいつもの感じ(応挙展は4室まで)で、5室の1/4で東松照明の記録写真と6室? とエントランスで、佐藤香菜氏(佐藤かよ様以来の衝撃的な名前)の作品。個人的な意見だが、いい意味で頭でっかちな絵、もっと単純に美しいとか描きたいを求めていけばいいのに、レゾンデートルとか既存の価値観の破壊的な表現手法が、1種の空々しさになってしまっていて残念。刺繍という表現技法を手に入れて、ルーティンワーク的に制作を続けていく中で、何かをつかめるのではないだろうか?(と、無責任に偉そうなことを書いておこう)
7室と8室で新聞報道にもなった木村定三コレクションの修復展示。不動明王の胎内から、京都・清水寺の仏像であったことなどが書いてあるのが発見された。8室の金剛法具類は見がいがある、興味のある向きは是非。
2013年02月17日
山本二三(にぞう)展(4)
大垣市スイトピアセンター アートギャラリー
日本のアニメーション美術の創造者
山本二三展
~天空の城ラピュタ、火垂るの墓、時をかける少女~
『未来少年コナン』(名探偵でない方)、『じゃりン子ちえ』『天空の城ラピュタ』『火垂るの墓』『もののけ姫』『時をかける少女(細田守氏監督)』など、宮崎駿氏、高畑勲氏の作品を中心に美術監督(とくに背景画)をつとめた山本二三氏の作品を集めた展示。
アニメーションの作画は分業作業で、背景画を描いた上にセルやデジタルの合成で人物を乗せていくことになる。その背景画と、イメーヂボードといって映画の構想を練るのに描かれる少しラフ目の絵が展示されている。
人物がいないので、子供には少し物足りないかもしれないが、風景画的に楽しめば、子供でも大人でも楽しめる。
音声ガイドが用意されていて、声優の・・・(名前が出てこない! こういう時に音声ガイドリストがないと不便!!)方で二三氏のインタビューも含まれており、観覧料も破格に安く設定(ネットで割引券を探すとワンコイン)されているので、時間に余裕があり苦痛にならなければ音声ガイドを借りる事をオススメ。描写のちょっとしたコツとか、どこで使われた背景なのかの詳しい説明、二三雲と評される雲の描写の秘話など、一歩踏み込んだ絵画鑑賞になると思う。
もしお財布に余裕があればグッズを買うことをオススメ。暑中見舞用に一筆箋もいいし、ミラーやマグネットも、お気に入りのモノを使えば毎日が楽しくなる。
やはり一番のオススメは画集なり図録! 目録を拾うと160点ほどの展示作品が図録なら1冊に収められている。絵はがきや複製画の値段と比べれば図録がどのくらい値打ちに作品を所蔵できる方法か判るだろう。
ジブリ作品はフイルムブックや絵コンテ集なども充実していることで有名だが、背景画は職人的な芸術作品の一部と見る向きもあるかもしれないが、そのもの単独でも十分、鑑賞・展示に向いた作品なんだと思う。まあ、図録は少しお高めなんだけど観覧料との相殺とも考え合わせれば、けして高くないのかも。
お気に入りの1点を上げるとすれば『時をかける少女』の「夕暮れ2」。
絵はがきにも、なっているんだけど、原画とはコントラストとか色合いが微妙に違う。普通に夕暮れの写真でもフォトショップで、その辺をなぶれば、さまざまな雰囲気の写真になると思うけど、二三氏の原画は、もう最高。まさにマジックアワー。
2013年02月10日
3題(3)
高浜市やきものの里 かわら美術館
−東日本大震災復興祈念−
みちのくの瓦 東北と三州をつなぐもの
チケットの販売は奥のミュージアムショップになるのだが、ひとまず入り口のパネル展示を1番に見るのをオススメ。
最近では情報を探して見ないといけないが、311で何があったのか? その規模からの復興の困難など考えさせられる。
展示は3階と2階を使った大規模な展示。福島の白鳳〜平安時代の瓦、多賀城系の瓦群(以上3階、常設展は瓦曼荼羅と3階エントランスに少し)、平泉の藤原3代の都ぶりの瓦、仙台城の瓦、会津の近世瓦、江戸の東北関連の屋敷の瓦、パネルと映像展示で岡倉天心の六角堂の復元事業と、駆け足と思えるほど盛りだくさんだが、瓦をテーマに〈東北〉という現象をかっちりととえられている。
学術的に問題に思うのは、多賀城系の瓦と福島の飛雲文〜宝相華文の瓦の時間軸的な関係。あるいは、藤原仲麻呂の時代に比較的ダイレクトに流入していて時間的な差異が、それほどないのではないだろうか?
まあ、軒平瓦が有顎のものに鋸歯文を配置して、それが、だんだんと無顎化していくのが多賀城系に対して、宝相華文を描くモノは無顎と言うより、平瓦に近い扁平な瓦なので、前後関係は決まる(多賀城系の方が古い)のだろうが、それほど時間的距離がなかったのではないだろうか?
(ちょうどアテルイの前夜からアテルイの時期に当たるのか?)
あと注目すべきは福島の瓦に新羅系になるのか? 有蕊弁(ゆうずいべん)というのか? 複弁の子葉というのか? 花弁の中の2つの膨らみをオタマジャクシ状に表現する瓦群は、東北の造瓦技術が大和政権からの単層的な流入ではなく、亡命やお雇い外国人的な技術者集団によってもなされていたことをうかがわせる。(この傾向は東国の全体的に広がっていて素弁の多用や鎬をもつ素弁を指向するなど、通奏低音的に広がっている)
311の被災地という観点だけでなく、文化財のある土地であること、観光地であることも今一度、見なおしたい。プライスコレクションが巡回するのは喜ばしいが、打ちひしがれることなく地元の文化財を再発見するような〈運動〉につながるといいな。
豊田市郷土資料館
特別展
明治の傑人 岸田吟香
〜日本で初めてがいっぱい! 目薬・新聞・和英辞書〜
一番カンタンに言ってしまうと、岸田劉生の父親になるのか? 麗子像の「麗子」の祖父と言った方が、とおりがいいのか?
僕が岸田吟香に興味を持ったのは『高橋由一展』で由一が岸田吟香のサロンの中で活躍したとされるパネルがあったことによる。
吟香は美作(岡山県?)の出身だが、挙母藩(現・豊田市)の飛地であったことから、藩校の崇化館(あのギリシャ彫刻の会館の前身)で講義をしたこともあるという。
業績は、まさにマルチというか、多用で業績や交友関係は、是非、展覧会を見て欲しい。
豊田市郷土資料館は、こういう、ちょっと勉強すると興味がわいてくる近代の人物を発掘してくるのが上手! 豊田にゆかりの偉人が多いだけなのか?
名古屋市博物館
特別展
驚きの博物館コレクション
−時を超え世界を駆ける好奇心−
明治大学博物館、南山大学人類学博物館と名古屋市博物館の館蔵品を展示している。展示室は1階の1室のみ。
明治大学博物館といえば刑法関係の資料と岩宿遺跡の資料と言えば1級というか、全国的にも、よく知られた資料だろう。刑法関係の資料は、まあ展示室が限られているのでダイジェストだが、名古屋で見られるのは貴重。
南山大学人類学博物館は創設期の民族調査資料からフランスを中心としてヨーロッパの旧石器、関東や東海地域の調査資料。
まあ、名古屋市博物は2つの博物館の資料を補強するような資料と『猿猴庵』関連の本と復元品の展示。
毎週末くらいにギャラリートークが用意されているので、それを目当てに時間を宛てていくといいのかもしれない。
2013年01月06日
2題(2)
徳川美術館
日本の神様大集合 徳川美術館へ初詣
東照大権現(徳川家康)、八幡大菩薩、伊勢、熱田、春日大社、菅原道真、柿本人麻呂、七福神、名古屋の祭礼、三番叟に代表される能の神様、雅楽と大項目を追うとこんな感じ。
常設展の能のセクションにお正月ということもあって「慈童」の能面(個人的には童子面特有の色気というか、こちらを奮いたたせるような何かが感じられなくて少し残念)も展示されており、映画『大奥』とのコラボ企画で蒔絵の調度類の展示もあり、当然ながら茶道具もあり、内容も盛りだくさん。
確かに神体とされる八幡大菩薩の画幅が展示されているのだが、こういうモノは神体とは考えたくない。
そもそも神体は記紀神話で語られる貴人の身の回り品に、その人の人格が宿ると考えるモノ。いわゆる三種の神器だが、三種の神器には近代の国家神道での脚色が色濃く残る。
もう1つの神体が「天上から神が降りてくる時の目印」山であったり(神体山)、白木の柱(御柱)であったり、神木も、この類なんだろうけど、よく判らない。(山や森の中で、とくに1本を特別視した形跡はないし選択できないモノを目印にするのも考えにくい)
神体の本義は、その辺にあって題字や画像、偶像が、どの程度、その機能を担えたか疑問があるし、題字や画像、偶像を本尊として、すえてしまったところで〈神道〉の本義が転倒してしまうのではないかと考える。
例えば、家の神棚や台所にあるお札は、そこに神様が宿っているのかもしれないが、その神はあくまで氏神や伊勢神宮の、その場にいる神であって、遥拝(ようはい)という「遠くから拝む行為」の補助として、お札が存在しているにすぎないのではないか?(ハイパーリンク理論)
まあ、こんなこと実証論的に、どうのこうのできる話ではないので、どっちでもいいんだけどね。
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
生誕110周年記念
ウォルト・ディズニー展
なんかフライヤーに偽りありだな。
展示は、ほとんど映像展示とパネルによる解説。ところどころにノベルティーのようなグッズが展示されているがキャプションも少なく、時代もバラバラなモノが詰められている風に見える。
時間を十二分(じゅうにぶん)にとって、キャプションや映像を、しっかりと読みこまないと、よくわからないまま。
2013年01月04日
【EotY】2012年第4四半ベスト3(1)
【ベスト3】
名古屋市博物館
大須観音展
まあ聖教・古文書という展示の性格上、少し上級向きというか、鑑賞者を選ぶという向きもあろうが、基本的なことを少し頭に入れるだけで、鑑賞は十分楽しめるし、それ以上に、展示やキャプションが充実している。
まあ、くずし字ということでは芭蕉展ともかぶる感じもあるが、個人的な意見になるかもしれないが、大須観音展が首席。
滋賀県立近代美術館
石山寺縁起絵巻の全貌
~重要文化財七巻一挙大公開~
石山寺縁起がスゴいのは当然として、釈文が充実しており、初心者にもすんなりと入っていける展示と言っていいのでは?
やはり、こういうカチッとした展示・企画方針が好きなので2席。
名古屋ボストン美術館(金山)
ボストン美術館 日本美術の至宝
前期・後期まとめて評価するつもりだったのか? 第3四半期に言及がない。
仏像の展示がないのは惜しまれるが、海外にある日本美術にふれられる機会は貴重。名古屋に展示室があるといっても、日本美術がやって来るのは、かえって他館への巡回の方が多いくらい。入選。
【総評:4件】(順番は鑑賞順)
京都国立近代美術館
高橋由一展
美術の教科書の鮭の絵の人と言う方が、通りがいいかも。
あのなが細い画角に日本の洋画の可能性を考えた人。正月に文化住宅の床の間に、あの鮭の複製をかざりたいね。
祖父江町郷土資料館
「尾張の書画家たち」展
展示室と展示内容に問題はあるものの、企画者の意欲にあふれる展示。
5年とかに1度でいいので調査成果展を期待したい。
奈良国立博物館
正倉院展
いわずもがな。青いワイングラスを代表にガラス群が印象的。
斎宮歴史博物館
暦と怪異 〜不安な日々の平安貴族〜
もう少しストーリーを示して欲しかったような(なんでベストにケチつけてるんだ?)一級資料が集まっているだけにもったいない。
個人的には、伊奈冨神社の男神坐像(崇神)と神宮寺の神像は2軀1倶、あるいは3軀1倶(もう1体は群像の可能性も)のもので、神宮寺像に数珠など仏教的要素のものが含まれていたために伊奈冨神社にあったものが神宮寺へ、神宮寺をはじめに塔頭寺院が伊奈冨神社の周辺にはいくつかあるので、その天台寺院の山王立体曼荼羅が神像ということで伊奈冨神社へ移動したものと考えたい。
四日市市立博物館でも伊奈冨神社の1体をフィーチャーするから、みんなが「神仏習合のカタチの見本」みたいに見るのであって、2軀1倶だったら、もっと別の鑑賞も可能なはずが・・・
2012年12月06日
大須観音展(8)
大須観音展を見るうえで事前に押さえておきたい用語集
・音声ガイドは非常にコンパクトに要点だけを伝えている。もっと内容を足すこともできるが、複数の人物名・書名などが登場して、煩雑になるのかもしれない。
・子供むけのキャプションが、かわいいイラスト入りで、簡潔に要点がまとめられている。まとめて、子供むけ(簡易版)の図録になっている。図録とのセット販売もあるので注目!
【聖教(しょうぎょう)】
聖教は寺院に所蔵される典籍類をいう。おおまかには仏教関連の内典(ないてん)と呼ばれる典籍と、それ以外の外典(げてん)にわけられる。
【血脈(けちみゃく)】
ある僧が誰から〈法〉を授かったかの系譜。大日如来あるいは釈迦如来を頂点として系図としてまとめられる。中世には真言宗といっても、さまざまな系譜があり、血脈を追うことで、僧同士のネットワークが垣間見える。
キャプションの「大須観音真福寺法系図」を参照のこと。有名どころの僧と地域で活躍した僧の名前が頭に入ってくると、ぞくぞくする。
【印信(いんじん)】
〈法〉を受け継ぐ時に、現代のように勉強しただけでは完全に伝えられたと考えず、灌頂(かんじょう)と呼ばれるイニシエーションを必要とした。その時の契約書類が印信である。
印信にある祐禅(ゆうぜん:人名)・信瑜(しんゆ:人名)の花押(かおう)と呼ばれるサインは、いわゆる明朝体と呼ばれる花押のひながたのよう。上下に横に2本線を引き、その間を埋めるような感じ。
『愛知県史 中世1』一五二一では信瑜、祐禅の花押は、紹介されている能信の花押に近い。
【東大寺衆徒参詣伊勢大神宮記(とうだいじ・しゅうと・さんけい・いせ・だいじんぐう・き)】
源平の争乱の中で東大寺が焼け落ちる(いわゆる「かまくらクライシス」)。東大寺の僧たちは再建を祈願しに伊勢神宮へ向かう。その時の記録。重源(ちょうげん:人名)や貞慶(じょうけい:人名)に関する記録(伝説が記載されているという説もある)もある。当時、なぜ仏教の僧が神道の神社に参詣したかは「かまくらクライシス」に詳しい。
【麗気記(れいきき)】
中世の神道では『日本書紀』とならんで重んじられた典籍。
一般に両部神道(りょうぶしんとう)と呼ばれる、神道の事がらを仏教とくに密教の教義を使って説明したものに分類される。
なぜ神道の書物が仏教の寺院に残されたかというと、神道も灌頂の対象になっていたから。伊勢神宮などの神道の施設で、どのような知的体系で神道書が伝えられたかは疑問が多い。春瑜(しゅんゆ:人名)など伊勢神宮系の僧の名前も登場する。
【類聚神祇本源(るいじゅう・じんぎ・ほんげん)】
度会家行の著作。抄出(しょうしゅつ)と呼ばれる以前に著された典籍からの抜き書きを中心に、記紀・伊勢神道・両部神道・漢籍・仏典を綜合的にとりあつかっている。
まあ、書物なので博物館の限られた展示室での見開きだけでは全体像はつかめないが、絵入りの典籍については意識的に絵の部分がクローズアップされているので、初心者には、とっつきやすいつくりになっているのかも?
【遊仙窟(ゆうせんくつ)】
桃源郷に遊ぶ男の物語。中国で作られたが、中国では失われ現存していない。大須文庫の貴重さとともに、日本人の物持ちの良さという視点でも注目を集めている。
奈良時代の『萬葉集』に『遊仙窟』に取材した和歌が残されている。
【尾張国郡司百姓等解文(おわりこく・ぐんじ・ひゃくしょう・ら・の・げぶみ)】
文末には「尾張国解文」とある。解文は下から上へあげる公文書のこと。当時の国司・藤原元命の悪政を尾張国内の郡司・百姓たちが訴えた体をとるが、作者には諸説ある。まあ、日本史の教科書にも詳しいよね。
【空也誄(こうやるい)】
空也(くうや:人名)の伝記。尾張国分寺での剃髪の記事があるが、個人的には「尾張国〻□寺(カ)」くらいにしか読めない。
【紙背文書(しはいもんじょ)】
裏紙に文章を書いて製本した場合、以前に書いた文章は本の内面に隠れてしまう。また、文書の修理の折に文字の書かれた紙を補強のための当て紙にする場合もある。
後の時代の修理の時に、そのような裏側に書かれた文書が発見される場合がある。
【覚禅鈔(かくぜんしょう)】
密教の修法(しゅほう)とよばれる儀式別に図像を集めた図像集。稲沢市長野・萬徳寺に禅海の書写した『覚禅鈔』が残る。一説には覚禅に仮託され著されたものと見る向きもあるが自筆本が展示されていた。別名、百巻鈔(ひゃっかんしょう)と呼ばれるが、実際、何巻あるのかは不明なところが多い。
2012年11月12日
2題(7)
一宮市博物館(妙興寺)
一宮の歴史と文化
文書がどうのとか展示のストーリーがどうのと言うより、個人的な目玉は尾西・浄観寺の観心曼荼羅! パネルで絵解きがされているので、前知識がなくても展示室でどのような画題かを確認できる。
現在確認されている観心曼荼羅は愛知県内では2点でしかも、岡崎のものは先日、焼失してしまうと言う悲劇に見舞われ、現在、愛知県内で観心曼荼羅の現存が確認できるのは浄観寺だけという状態である。
画幅全体には、縦に折り皺と思われる3本の線が走り、軸装される以前に折りたたんで運ばれたことが考えられる。横の線は軸由来のデコボコか折り皺か判然としない。
全体のタッチは頭身数の少ない「かわいい」系の人々が書かれているので、江戸時代でも極初期、あるいは戦国時代に遡る作品なのでないだろうか?
あとは『尾張名所図会』の一宮市域の名所の図会を拡大しパネル展示している。例えば、真清田神社は4ページからなり、版画ながら、当時の境内の様子をうかがうためには優れた資料。現在の真清田神社の境内からは仏教色を排除しているが、神仏習合の様子がうかがわれる。(個人的には参詣曼荼羅の発展した姿が名所図会になるのだと考えている)
地蔵寺と真清田神社の一の鳥居との関係や名所の取り合わせなど、当時の世界認識というか、位置認識と関連性の着想は思想史的な資料としても十分利用可能なのである。
と、あまり展示のストーリーと関係のない話をしつつ。
妙興寺公民館
尾張平野を語る17
まあ、後進に譲るつもりで、2日続きの1日だけの出席にしたが、自分よりも倍ぐらい生きている方がほとんどで、その遠慮はなんだったんだろう? といぶかしくなる。
『一宮市史』の刊行、一宮市博物館の開館、博物館の運営というのが一続きの活動として、最新の研究成果と市史編さんの秘話になるのか?
例えば、10年前と比べて地域の地付きの研究者が増えているわけでもなく、市井の歴史愛好家の顔ぶれが新陳代謝しているかと言えば、疑問符が残る。
市史編さんや博物館の開館をファーストインパクトと考えれば、発掘バブルがセカンドインパクトで、サードがこないまま現在に到っているのかもしれない。先頃からの「武将隊ブーム」も博物館や研究会に人々を集める吸引力には必ずしもなっていないのではないだろうか?
博物館としてサードインパクトを真剣に考えるべき時期なのかもしれない。
斎宮歴史博物館
特別展
暦と怪異 〜不安な日々の平安貴族〜
【終了しました】
展示そのものより、ストリーを明示した『図録』の方が選択したテーマはより明確になるのかもしれないというような展示。
日記類のようなガッツリした資料の読み込みと暦、軽妙な安倍晴明像と現代の復元像など硬軟おり混ぜての展示で、ライトファンにも専門家にも飽きさせない内容だったのでは?
京都・大将軍八神社から神像が3点(前期展)、伊勢の神像を後期展にすえている。
第五十二号像がお目見えなのに、対が指摘されている像ではなく、ひな形的な将軍像と童子像とコアファンには少し物足りない?
伊勢の神像群は必ずしも陰陽道とは関係がないのでは? 神宮寺の神像は、いわゆる神身離脱からくる「苦悩の神像」の系譜につらなるものなのだろう、時代も平安時代の前半に置いていいのでは?
伊奈冨神社の神像群は、個人的には、もう少し新しいように感じる。多くの神像があって、その中から限定的に残されたものの可能性を考えなくてはいけないが、現在残されている主要な5体の神像を見る限り、日吉・山王の上7社内と考えたくなる。図録の写真から上段、右から1(24p)、2(25p右)、3(25p中央)。下段、右から4(24p右)、5(24p左)とすると、大宮が3。二宮が2。十禅師が4。2と対になるのか? 5が三宮。1が客人の白山姫に当たるのではないだろうか?(中尊に3、向かって右の脇侍に2、左の脇侍が5、左奥が4、右奥に1といった感じか?)
制作年代は図録を見ると4、5に古色を感じ、1、2、3より1形式ぐらい時期差があるのかもしれないが、展示室で見た感じは、5軀1具とみて差し支えないと思われる。残り4軀の立像の随神も一体のもので山王の立体曼荼羅を形成していたのだろう。年代は山王神道の成立と伝播を考える必要があり、室町時代(鎌倉時代以前に遡るとは考えにくい)なのではないだろうか?
ああ、あと音声ガイド試してみた! 常設展のみの解説と、日記などかいつまんだ説明が欲しい特別展に音声ガイドがないのが淋しいが、初めて訪れる場合、改めてガッツリ斎宮について知りたい場合にピッタリ! 小学高学年くらいから大丈夫なのではないだろうか?
音声ガイドの端末は1ボタンで再生・停止がコントロールでき、ICタグになるのか? 解説番号の近くで端末をゆらすと番号を読みこむようなカタチになっている。
結局、音声端末の要は、特別展などに対して拡張できるかとか、掘りたての遺物に対して迅速に解説できるか? など、音声ガイドの、番号や音声内容を外注に出さずに改変が可能かの拡張性に注目が集まるようになるのではないだろうか?
せっかく館に学芸員がいるのだから、学芸員の録音された生解説で、注目の展示(絵巻物の巻き返しなどで場面ごととか)を見れたら、利用者が増える(まあ利用者が何人と言うことより、展示がどれだけユビキタスというかシームレスというか感覚的に内容が入ってくることが重要なのだろうが、、、)ような気がする。
2012年11月05日
ルオー展(6)
荻須記念美術館
ジョルジュ・ルオー展
まずは前提として作風が好きか? 年に1度の地域の美術館の特別展だから、、、で見に行くのは、少し危険かも。
作風というか、主要なモチーフをあげれば、キリストとキリスト教的世界観によるアガペー(〈愛〉)と当時の庶民の生活の象徴としてのピエロと、アガペーにより昇華される〈ピエロ〉という存在。
ルオーの生きた時代的には、ポスト印象派に後続するフォービスム(野獣派)の作家とされる。
ポスト印象派というとゴッホやゴーギャンなど、耳なじみがあるかもしれないが、フォービスムは、耳なじみないかもしれない。ようは時代の雰囲気みたいなもので、ポスト印象派が〈印象〉を色彩論的な観点から深めたのに対して、フォービスムはポスト印象派を発展させ、暴力的(野獣的)な色彩の洪水で画面を構成している。例えば青い空に補色的に赤い雲を配置するなど。(もう少し、かみ砕いて説明しないと意味不だな)
有料の図録以外に、A5判のリーフレット(入館者の人数把握の意味もあるのか?)が用意されていて、主要な作品と、作風の主題・変遷が解りやすく解説されている。
目玉は、『ミセレーレ』と呼ばれる白黒の版画による作品群。全58点の内、42点と作品の構成と主要な画題が見て取れるだけの数、展示されている。
関連して、ミセレーレの版画の上に油彩で、さかに書き込みを加えた作品など、作品に対するスタンスも垣間見える。
関連して、今回の展示品の多くを収蔵している、パナソニック汐留ミュージアムでは、
パナソニック汐留ミュージアム
パリ・ルオー財団特別企画展
I ♥ CIRCUS(アイ ラブ サーカス)
2012.1006〜1216
http://panasonic.co.jp/es/museum/
と題して、世界的なルオー作品の展示がおこなわれているので、荻須美術館を見てルオーに興味を持ったなら、汐留に行くのもいいのかもしれない。
2012年10月28日
3題(5)
奈良国立博物館
正倉院展
いわずもがなに、当たり前にスゴい展示なので、ウチごときがレコメンドする必要もないのだが。。。
中吊りやポスターにあるように18年ぶりに瑠璃杯(青いワイングラス)が目玉展示になるのか? 間近で見るためには数十分ならぶ必要がある。個人的には青ガラスもさることながら、受座と名付けられた当初の杯の脚に注目したい。解説では7世紀につくられ受座は東アジアで接合されたという説を紹介しているが、やはり5世紀末〜6世紀初頭に白瑠璃碗と同様に西域で作られたものが、時期を経ずにダイレクトに伝来しているのではないだろうか? と考えたい。
パルメットというかパーム状の意匠は現在でもドバイのような日本から見た〈西域〉で使われている。
あとは双六盤などの遊興具が特集されている。ガラスや玉を使用した双六石は小さい物ながら風格を兼ね備えている。サイコロと双六筒も興味深い(どうしても平清盛と後白河院の競争をイメーヂしてしまうのだが・・・)
東館の後半が双六、西館の1室が瑠璃杯、西館の後半部分(北側)は例年通り、正倉院文書と聖語蔵の展示だが、関連して書見台や献物箱、球状の香炉など、例年より文書や経巻が少ない感じがした。
「称徳天皇勅願経」は、いわゆる「中聖武」というのか、奈良時代のカッチリした書体に太めの筆致と、まさに達筆で経文の意味とは関係なしに、古筆的な鑑賞には、うってつけのもの。
行政文書としては、なんと言っても目玉は美濃国の戸籍。こっちは古文書が読めないと、いかんともしがたい。だが、多くの人が食い入るように見つめ、解読しているようだった。
正倉院文書の類には、いくらか釈文のキャプションがついているので、時間と体力に合わせて、少しでもチャレンジしてみることをオススメしたい。釈文があれば意外に読めたりするもの。
いかん、西館の南側が後になってしまった! 二彩の瓶は、たぶん大きい部類に入るんだと思う。なかなか、このサイズの瓶は、どんな窯業の生産地でもなかなか見れないのでは?(水甕なんかは、もっと大きい物があるんだけど・・・)
ガラス類が壮観! どうなんだろう? 飛鳥池のような遺跡で天武朝に大量生産された物が伝世しているのか? 天平時代にも使うぶんだけが生産されているのか? 原料か? とされる破片もあるので、いろいろ検討しないといけないな。
ガラスのモノサシ・ストラップは超カワイい。これはグッズになるよね。と思ったが、下で見てみると、見落としたのかもしれないが、なかった気が、、、
(名称は、あえて正倉院っぽい正式名称は避けて、イメーヂしやすい(図録にも、そういう系の表記があり)名称に、ほぼしてます)
葛城市歴史博物館
特別展
忍海と葛城
−渡来人の歩んだ道−
大谷古墳の杏葉って、ホントに5世紀後半なの? 個人的には、ぱっと見、6世紀の第4四半期くらいみたいに見えるんだけど、埋葬施設と齟齬があるのかな? 馬冑にしても、騎馬文化が流入して半世紀くらいの時期に存在するものなのだろうか?
大谷古墳の遺物と初期須恵器を並べられると、もう、思考停止で芝塚2号墳の馬具が5世紀の中頃のものなのでは?
芝塚と大谷古墳を比べると、もう似て非なるモノで材質も芝塚では鏡板や杏葉のような強度の必要のないところまで鉄のような腐食性の高い材質で、大谷古墳はハミのような強度の必要なところは鉄材だが、鏡板や杏葉に腐食の痕跡がない。これは保存処理上の時代差による戦略の違いだけに起因するのだろうか?
まあ、形式差は時期幅や前後関係を示さないので、芝塚のような馬具も大谷古墳のような杏葉・鏡板も共存していたといわれれば、それまでだが、個人的に、そこのところが消化不良で、ストーリーに入っていけなかった。
まあ、葛城はじめてなので、そのことでストーリーが入らなかっただけなのかもしれないけど。
祖父江町郷土資料館
企画展
「尾張の書画家たち」展
美人図なんか県立博物館で展示されててもおかしくないような作品。
個人的には祖父江町郷土資料館の企画展としては必ずしもふさわしくない展示内容だと思う。個人的にはハコにはハコごとの向き不向きがあって、こういう展示は荻須美術館の特別展示室で十分なのではないだろうか?
現在は複製技術も進歩して、というかカラーコピーでも(作品には相当な負担になるのだが)発色の色味だけ合わせれば十分に鑑賞に堪えうるのでは?
釈文やキャプション、図録を充実させ、そのようなモノを展示した方が、祖父江町郷土資料館のハコの性質に合っている気がする。目録がペラ1で、図録(解説書)なしなのは残念。
レコメンドしようにも、それを躊躇させるような因子のはたらく展示は個人的に好きではない。
2012年10月21日
3題(4)
名古屋市博物館
開館35周年記念
芭蕉−広がる世界、深まる心−
やはり、古文書が読めるかどうかがカギになるのでは?(まあ、より深く楽しめるという程度か?)必ずしも読みやすい、くずし字とは言いにくい感じ。
音声ガイドが、総時間、約40分と長大で、ある意味、金字塔! 展示のストーリーが、ほぼすべて網羅されている感じ。個人的には、俳句や和歌など作品の朗読を、もう少し増やして、説明を、もう少し簡潔にできないものかとも思うが・・・
展示についても、芭蕉の生涯と〈芭蕉像〉の再生産という壮大なものになっているが、生涯については逆に名古屋や東海地域に於ける発句に重点をしぼって、歌枕の地誌的な解説や遺跡の遺物などで、芭蕉の生きた時代を立体的に展示できなかったのだろうか?
普段の名古屋市博物館の展示と比べて異色というか、お宝的な目玉展示をポンポンポンと配置して概説的なストーリー構成は、必ずしも学芸活動が成功しているとは言いがたいと思われてしまうのは残念。
まあ、西行・宗祇などの芭蕉前史、芭蕉の生涯、〈芭蕉像〉の展開なので、俳句・短歌、好きにはいい展示なのかな? ちょっと鑑賞者を選ぶよね。。。
名古屋市博物館 常設展示
森川コレクション
重要文化財「黒楽茶碗銘 時雨」や「稲之図」など、
如春庵時代(昭和期)の作品が中心な雰囲気。
茶入が3点、桃山〜江戸時代のものが。
愛知県美術館(栄)
コレクション企画
美しき日本の自然
朝日遺跡出土品 重要文化財指定 記念
「弥生時代の造形」
まあ、特別展前のコレクションの企画展なので、そういう位置づけで見にいかないといけない感じか。
今回は愛知県陶磁資料館の作品を一緒に展示する企画。渥美の芦鷺文壺が来ていた。モリカズが4点。
常設展示内にゴーギャンの裏表。まあ、時代的な筆致というのもあるのかもしれないが、いい意味で、ゴッホのバッタモンのような作品。ゴッホが時代と、全く無関係で誕生したのではなく、1種、ゴッホに対するゴーギャンの嫉妬も感じられて、ああいう嫉妬の仕方をするとタヒチに行かざるを得ないという、ポスト印象派の、1番有名なドラマチックな部分が、ドロッとキャンバスからあふれてくるという、垂ぜんの作品。
朝日遺跡の展示は第7室のみの残念な展示。黒色系というか沈線文系?(大地式土器)が1点と、丸窓、パレス。あと巴形と破鏡などの一級品がずらっと。と、まあ貝殻山貝塚資料館の展示のプレ展示なのか、陶磁資料館の展示とともに消化不良な感じ。
どうせコレクション展の期間なのだから、特別展示室を使って「朝日遺跡資料による『様式と編年』」的な一括資料を総鑑できるような展示を、現代アートと対峙するトラディショナルなアート作品としてトリエンナーレ関連で展示して欲しい。こんなものを期待していくのだから、たちが悪いW
徳川美術館・名古屋市蓬左文庫
徳川将軍の御成
去年、震災の関連(だったか?)で、展示が、あちこちした時に延期になっていた展示。
御成とは、将軍などの天下人が臣下の屋敷を訪れること。
〈御成〉という行為・作法を屋敷の間取り図(蓬左文庫)や茶道具や調度品(徳川美術館)を駆使して立ちあらわせる展示。
どうしても『へうげもの』的な高揚感が下火になって茶道具に対して、いまいち、むくっと来ない感じがしてダメだな。(個人的なモチベーションの問題なのだが・・・)
名物・大名物のオンパレードで、泪の茶杓や千鳥の香炉などが、これ見よがしに展示されているので、垂ぜんの展示。
2012年10月15日
近代美術館2題(3)
京都国立近代美術館
高橋由一展
高橋由一というとピンと来ない人もいるのかもしれないが、美術の教科書の鮭の絵の人というと、大体の人が知っているのではないだろうか?
幕末〜近代の洋画家というか、美術史的な立ち位置を説明しようとすると、いささか難しい。(音声ガイドが、解りやすく詳しい説明がされている。あと入り口の人物相関関係、由一自身にも政治的、経済的に野心的な活動をしていたこともあるのか、当時の各界の名士がポンポンと出てくる)
近代の画家の回顧展というと美術史的な関心のある人が見るべきものと考える向きもあるかもしれないが、『美の巨人たち』で多くの作品が紹介されているし、キャプションや音声ガイドで十分説明されているので予備知識なしで、ふいっと入っても十分楽しめるのではないだろうか?
まあ、説明以上に、作品そのものが、由一の実験と着眼性によって完成されているのが、すばらしい。
絵はがきになっていない(?完売したのか?)ので、それほど人気ではないかもしれないが、個人的には「不忍池」が好き。(あれもこれもあげて説明しても展示の説明にならないので割愛)
グッズが充実しているので、それもライトファンには嬉しいところ。由一が苦心して2Dに落とした鮭を、わざわざ3Dにしてるの。
4階の常設展に田村宗立の回顧展、中央の前半1室だけの、こぢんまりしたものだが、由一とも関連して楽しめる。あと片岡球子の「面構シリーズ」が2点。稲垣仲静の「太夫」は明らかに由一に対するオマージュだよね。芹沢銈介の「法然上人御影」が個人的には好き。絵はがきにして飾っておきたい感じ。
「太夫」と「法然上人御影」の絵はがきが1階のショップにないのは残念のかぎり。
滋賀県立近代美術館
石山寺縁起絵巻の全貌
~重要文化財七巻一挙大公開~
全巻展示の前期展は終了して、これからは前半部分、後半部分の巻き替えがおこなわれる。江戸時代の写本を、この期間に交互に展示。
後期の全巻展示は11月13日から。
『源氏物語』とか紫式部の話になるとマスメディアで取り上げられて、一部研究者から「また?」的な疑義があげられるので有名な?(って展示のレコメンドになってるのか?)石山寺縁起。
『石山寺縁起絵巻』は全7巻の絵巻だが、1〜3巻がまとめてつくられた以外は、各巻が5巻、4巻、6〜7巻と順番につくられている。かといって時代時代に詞書きが創作されたかと言えば、1〜3巻の時期に詞書きが先に、まとめられて、その詞書き(詞書きの清書は時代時代につくられている)によって筋書きがなされている。
絵巻物なので、比較的読みやすい、くずし字で書かれていて、キャプションに(読みやすいように現代的な、かな交じり文に直されているが)翻刻がなされている。
つかれない程度に、つまみながら読んでいくと、読み進めていくウチに、だんだん目が慣れてくるのが解る。
某インターネットサイトで、くずし字の巻物の展示風景を撮影していたのがだ、絵の部分をゆっくり撮影して、詞書きの所を、すっ飛ばして、次の絵の所に飛ぶのは閉口した。たとえ建前としても、詞書きが展示されていれば、詞書きを読むべきで、それは展覧会に割ける時間と体力、能力に応じて、ある程度を読んだり、読み飛ばしたりするのを否定しないが、あくまで、建前は読むべきものということを、ちゃんと示していかないとな。
あと半月くらい先に『正倉院展』が始まるが、正倉院展の観覧者は、非常に、そのことを心得ていて、経典や行政文書のような、必ずしも読みやすくない古文書にも長蛇の列をなして天平時代の筆致や、時に光明皇后の真筆のようなものを、ありがたがって鑑賞している。
いずれ、「古文書解読QS」もやりたいんだけどね。いかんせん自分が読めないから、なかなかすすまない(T_T)
あと、石山寺一切経から悉曇(梵字)関係の資料が何点か来てた。美術の展示でも、とりあえず石山寺一切経からと言うのは琵琶湖文化館クオリティーなので、ちゃんとDNAが滋賀県立近代美術館(近代美術館なんだけどね。モダンアートについてもヒットやホームランを打てる美術館)にも流れているんだと嬉しくなる。
仏像が3点、出ていたが個人的には、もう少し古ものなのかな? とも思う。胎内の如来像が新羅製、観音が飛鳥時代(ほぼ7世紀第2四半)、頭部の欠けたトルソーが7世紀の中頃なのかな?(たぶん、こんなに古く見るのは僕だけなんだろうけど・・・)
2012年10月08日
名古屋ボストン美術館(2)
名古屋ボストン美術館(金山)
ボストン美術館 日本美術の至宝
後期展。
主要な作品は残りつつも感覚的には全展示替えに近い。若冲のオウムは間近で見れて、裏彩色の様子まで見れた。
2012年10月02日
【EotY】2012年第3四半ベスト3(1)
【ベスト3】
高浜市やきものの里 かわら美術館
愛と正義と勇気をうたう
やなせたかしの世界展
ユーモアと感動、人気と専門性を兼ね備えた希有な人格。
『アンパンマン』がなくても、やなせたかし氏だが、『アンパンマン』あっての、やなせたかし氏。
総評も含め粒ぞろいなだけに、逆説的な首席。
愛知県陶磁資料館
戦国のあいち
−信長の見た城館・陶磁・世界−
まあ愛知県の取り組みとして、入選。
大規模発掘の成果と歴史地理的な整理手法の成果。
ただ、岩倉城と国衙(岩倉城の南)の関係や、下津の下津城部分と下津宿遺跡、さらに南の国府などとの関係の説明が不足など、大枠での地域認識の問題に、いささかの疑問が残る。
愛知埋文の到達点として次席。
岐阜県博物館
飛騨・美濃の信仰と造形
−古代・中世の遺産−
他の展示より優位であるというより、下呂の森水無八幡の神像群にビビビっと来たことにより入選。
ストーリーで見せる展示もあるが、モノをズバリ見せて完成させる展示、後者のひながた。
【総評:5件】(順番は鑑賞順)
京都国立博物館
古事記1300年
出雲大社大遷宮 大出雲展
宇豆柱や鰹木は、やはり壮観。古事記から短絡的に出雲を選択したのは疑問だが、京都で見る出雲の文化財もよい。
奈良国立博物館
頼朝と重源
−東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆−
1点をあげれば、甲府善光寺の頼朝像。神像や建築史的にも興味深い作例なのでは?
安城市民ギャラリー展示室C
知りたい! 姫小川古墳
個人的には、やっぱ姫小川古墳のような古墳は古墳とは言いたくない。「在来型墳丘墓」とか「続弥生的墳丘墓」とか「非畿内型古墳」というのが適切なのではないだろうか? 東之宮古墳や青塚古墳の1次埋葬まで在来型墳丘墓なのでは?
外部施設としては葺石と畿内に準じた埴輪の使用に画期を求めたい。古墳時代のお墓だから「古墳」というのは事態を、ややこしくする。
PARAMITA museum パラミタミュージアム
南都大安寺と観音さま展
観音菩薩にしぼって、彫刻史として作例が追っていける優れた展示。
岐阜市歴史博物館(岐阜公園)
共催特別展
織田信長と美濃・尾張
古文書が読めるともっと楽しめる展示なんだろうな。
茶道具や絵画資料も、それなりに楽しめるが、古文書が読めないともったいない。
2012年09月24日
2題(12)
岐阜県博物館
飛騨・美濃の信仰と造形
−古代・中世の遺産−
人文第2室の展示。そもそも建前上は仏像や刀剣などを常設展示する展示室での特別展。(最近、行ってなかったので実施として、どうなっていたかは、よく知らない)
図録があるらしいが、手違いで遅れているらしく、ミュージアムショップで着払いで送ってくれるらしい。
仏像は、あえての円空外しで平安〜鎌倉くらいの都ぶりの珠玉尊像が集められている感じ。個人蔵とされる鰐口が2口(文和5年1356・応永25年1418)展示されている。
愛知県との関連では、奥田・安楽寺が施入した、いわゆる正和の壺(あの永仁の壺に対しての呼称だから適切なのか疑問もあるが…)が2口一対の展示ではないのが惜しまれるが、安楽寺の方が来ている。
注目は第5章の飛騨地域の神像群だろう。(ほかに長滝白山神社の狛犬が一対)
阿多由太(あたゆた)神社の随身は束帯?のカッチリした表現が甲府善光寺の源頼朝像や古い形式の束帯天神と共通で、12世紀を下らない作例で、どうしても「飛騨の匠」というと地域色の強い作風を考えるが、近畿の埴輪や、そのような他地域との作風とも共通する興味深い作品。
森水無八幡神社の神像は、10体の神像の形式分類から年代観を導き出しいているが、ほぼそのような年代なのだろう。しかし、群像論の立場に立つと、(図録が手元にないので目録から拾うと)「その五(1類型)」を中尊に「その三(3類型)」を向かって右の脇侍、「その六(2類型)」を左の脇侍にすえるような三尊形式が復元できるのではないだろうか? 年代は平安時代を下らないと考えたい。
4類型では左手に笏を持つ「その四」「その八」は、あるいは「その九」「その十」のような像と対になっていたのかもしれない。作風の共通性から「その四」と「その九」が対になるのでは? 2軀一対で随身のように完結しているのか「その一」のような立像の神像を中尊にすえるのかは熟考を要する。まあ、でも作風的に「その一」がズバリ「その四」と「その九」の中尊であるとは考えにくい。「その八」と「その十」は積極的に対であると考えるだけの要素に乏しい。(4類型は、いずれも鎌倉時代の前半に位置づけられるのでは?)
また、目を見開くような作例と、普通の面持ちの作例があり、尊格の違いとして、今後、注目していくべきだろう。
「その一」「その二」「その七」(いずれも、5類型)については時代が下ってから、独立に奉納されたものか、それ以前の群像を補う目的でつくられた神像であろう。
岐阜県博物館
岐阜、染と織の匠たち 人間国宝三人展
特別展示室の展示。山田貢氏、宗廣力三氏、土屋順紀氏の3人展。
こういう展示を、どう説明していいのか言葉につまる。
注目は染めと織り、着物の文様が、染められているのか織られているのか?
伝統の継承と新たな創造。
岐阜県博物館
マイミュージアムギャラリー
パッチワークキルト夫婦(めおと)展
牧歌的なキルトの展示。タイトルからすると夫婦の作品で、微妙に作風が違うので、注目して見てゆきたい。多様な色彩と民藝的風合い。
岐阜市歴史博物館(岐阜公園)
共催特別展
織田信長と美濃・尾張
信長展の後の『浮世絵展』が共催になるという意味なのか?
『へうげもの』にも登場した「初花肩衝」が展示されるということで、早速、見に行く。展示位置もあるのだが、人が多くてなかなか見れない。たぶん「横田」と「初花」の展示位置が違うだけで、そうとう見やすくなるのだが、格があるのでそういうわけにもいかないんだろう。
初花は当然だが、注目として郡上市白山町の阿名院の漆器群。長滝白山神社には根来塗りの瓶子があり、それと比べては見劣りするのかもしれないが、形式的に大ぶりな法量とガッツリとして絢爛な意匠は、まさに信長時代の作例で、状態は必ずしもよくないが、注目すべき作品。
郡上市大師講の鰐口(元亀2年1571「平信長」銘)が1口。
展示の中心は信長文書。麒麟の花押から「天下布武」のだ円の印から馬蹄形の印への変遷。
織田信長の肖像や蒐集した茶道具類を類聚した『図録信長』がオススメ。
2012年09月17日
4題(11)
三重県立美術館
KATAGAMI Style(カタガミ スタイル)
世界が恋した日本のデザイン
型紙というとつい、安物の千代紙のようなモノを想像してしまうが、染色に使う柿渋紙の型紙はもっと繊細かつオートクチュールな豪華さを秘めている。
日本の型紙を糸口に、とくに西洋で流行した「ジャポニズム」に対して深く考察している。
日本の型紙も、展示品の多くが海外で保管されているモノ、19世紀にジャポニズムの色見本として、多くが輸出されたのだろう。
個人的にオススメの逸品をあげれば、05-006(だったか?)の飾りカンマンの型紙、キャプションには「飾りカンマン」と表記されていないのだけれど、飾りカンマンではないだろうか? という代物。
ミュシャやアール・ヌーボーは当たり前にスゴいので、そういうことにしておく。
おしむらくは、1粒で2度おいしい的なコンセプトは評価したいが、どうしても限られた展示室ではどっちつかずな感が否めない。県民ギャラリーや映像資料で型紙の製作技法や行程の補足説明はあるが、、、まあ「西洋で保管されていた型紙の調査成果」なので、このようなスタイルで見せるのが1番適切なのだろうが。せっかくの貴重な調査成果が、うわついた展示効果になってしまっていて惜しい。
PARAMITA museum パラミタミュージアム
南都大安寺と観音さま展
大安寺の仏像というと、どうしても特殊なモノがあるという前評判(あったよね?)を思い出してしまう。
途中で展示替えがあり大安寺からは都合3体の観音様がお出ましになる。
『パラミタミュージアム』自体が「般若心経」をテーマにした博物館で、「般若心経」の始まりが観音様なので、観音様の展示なのだろうが、今回が好評なら、他の菩薩や如来、武神、天女とか続けて欲しい。
展示は古い金銅仏が入って右の展示ケースに並べられているので、そこから見るのがオススメ。どうしても、大きい仏像に興味がいってしまうのだが、、、
どの仏像がどうとかは、あまり詳しくないので、よく知っている人に聞いてください。
PARAMITA museum パラミタミュージアム
熊谷守一展
回顧展なので、到達点である「ダサウマ」的な境地は、もちろんのこと、若い頃の自画像や、作風を確立していく過程が提示されていて、「モリカズを、さらに深く知りたい人」向けの展示になるのではないだろうか?
モリカズは岐阜・中津川の名士の子供というとこで岐阜県美術館に総括的な収蔵品があるのとともに愛知県美術館の木村定三コレクションに代表作が多く収められている。
あのダサウマもモリカズにとっては芸術運動の一環なのだが、そのことは画風の確立期の作品を見るとよく判る。ダサウマ以前の作風の特徴を一言でいうと、補色の多様にある。補色とは赤には緑、青に黄など1番反対にある色のこと。松林でもアカマツの林なので当たり前に思うかもしれないが、葉の緑に幹の赤を足している、畦の絵でもウネを大胆に緑色と茶色を交互に配置して挑戦的なほどに補色で埋めている。裸婦像でも暖色の女体に寒色の影を書きこんでいる。
んで、ダサウマがどういう芸術運動なのか? そのことは、代表作が目白押しの展示室で考えて欲しい。
ああ、2階へ上がるスロープに館蔵の萬古焼きの優品展があります。あがっていくごとに新しくなるのかな? たまにはスロープからあがってみるのも。
PARAMITA museum パラミタミュージアム
雅楽楽器と装束展
こぢんまりとした展示。23日(日)に演奏会もある。
2012年09月08日
シャガールとイヴェット・コキール展(10)
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
マルク・シャガール展
~油彩・版画・タピスリー~
鞍ヶ池(終了)、岐阜県美(2012.0905〜1028)、京都文化博物館(2012.1003〜1125)とシャガールを見たいなら、いくつかの展覧会が見つかる。
松坂屋美術館の展覧会は、タピスリー(タペストリー)を中心に下絵というか、同図のリトグラフを展示している。
タピスリー作家がイヴェット・コキール=プランスという方で、その方との2人展の色合いが強い。
あえてなのだろうが、チケットやポスターでは、必ずしもシャガールぽくないものが使われているが、チラシを見れば、ニワトリや男女などシャガール的なモノもあり、展示内容もシャガール的な作品がメインだと思う。(どうしてもシャガールといとうと美術の教科書の、そのものズバリを考えてしまうが、モチーフとしては今回の展示でも共通の作風のハズ)
タペストリーは、そんなに多くの展示を見たことがないので、あれだけ大判のモノを、あの数見られるのは壮観。
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2012年09月04日
安城2題(9)
安城市民ギャラリー展示室C
知りたい! 姫小川古墳
愛知県内の古墳の外部施設・副葬品を集めて、中期までの古墳文化を概観できる展示。
あわせて土器づくり教室で制作された土器の復元品の展示。器種としての形式の踏襲性もさることながら、焼き加減にも注目、黒色土器、白色系土器の違いなど焼きにもこだわりがうかがわれる。
個人的には鹿乗川流域の遺跡群、古井遺跡群の資料、豊田市での調査成果などをあわせて展示すれば十分に市政記念の特別展になる内容だったのではないかと思う。
まあ古井遺跡群の資料なんかは速報展的に、結構登場しているので、今回の規模での展示なのかなとも思う。
埋文センターの方にも速報展が展示してあるので、あわせて見ておきたい。
安城市歴史博物館
市制60周年記念 特別展
からくり人形の世界
〜その歴史とメカニズム〜
安城市内の旧家から文字を書くカラクリ人形が発見されて、それを記念してのカラクリ人形の概観の展示。
まあ、展示室に並べられてしまうと動かすことができないのだが、映像資料を使って動く様子も展示されている。カラクリ人形の実演もおこなわれているので、日時を調べてから訪れるのもよい。
愛知県内には祭に使われる山車とともに、山車に組み込まれるカラクリ人形や単立のカラクリ人形も、技術的にも成熟して多く作られたのかもしれない。今後の調査で新たに発見されることもあるのかもしれない。
2012年08月11日
豊橋3題(8)
豊橋市自然史博物館(のんほいパーク内)
見て くらべて 学べる 大型哺乳類化石
でっかい動物化石
ほ乳類を中心に、動物の分類と特徴となる部分の化石から、とくに動物の大きさに焦点を当てた展示。
夏休みと言うこともあって、歯の化石・現生のオオカミの歯のレプリカづくりやスタンプラリーなど子供むけの企画も充実している。
展示は図録ありなので、バックナンバーも含めて自由研究のアイディアになるのではないだろうか?
おしむらくは脊椎動物としての骨格の要件、背骨があって骨盤、頭蓋骨・アゴ、あばらがあって腕・脚から指という概説があった方が比較が容易にできたのかもしれない。
自然史博物館の常設もカンブリアから恐竜、猿人・原人・新人の展示が充実しており、地域の自然環境も概観できるのでオススメ。
動植物公園部分も、行動展示が充実しておりエサやりの時間なども確認しておくと楽しめるのかも。植物園では食虫植物の企画展も。
豊橋市地下資源館・豊橋市視聴覚教育センター(プラネタリウム)
プラネタリウム
秘密結社鷹の爪 THE PLANETARIUM
~ブラブラ!ブラックホールのナゾ~
Eテレ『ビットワールド』で絶賛放送中ということもあって、子供づれの方が多かった。満員ではないにしても、オススメの座席がある程度うまる、あのぐらいの人数がプラネタリウムの適正(もう少し増えてもいいのかもしれないが…)なのではないだろうか?
ブラックホールは極端に大きい質量による相対性理論的な時空のひずみの話で、難しくすればいくらでも難しくなるのだが、うらしま効果を筆頭に非常にわかりやすい感覚的なたとえ話で、うまく説明している。
投影機がデジタルの最新鋭のものなので、これまでなじんできた投影機との性能の違いが、どうしても違和感として残る。どちらにも、いい点があり金銭的に全てのプラネタリウムが即座にデジタルに変わることはないだろう。ただ、デジタルとアナログ、両方のコンテンツをコンテンツ企業が用意しないといけないのは、それはそれで負担なのかもしれない。
豊橋市美術博物館
夏休み企画展
自然と幻想の博物誌
そもそも博物館は博物学といって、標本などをあつかう学問の展示施設として発展してきた。
美術館は美術に特化した博物館ともいえ、〈美しい〉とか創作性の高いモノが展示される場合が多い。
今回、「自然と幻想の博物誌」と銘打っての展示なのだが、美しいスケルトンの標本から、標本を美術的にアレンジした作品、幻想生物の標本と美術と博物学の接点を模索した作品群で展示は構成されている。(こう書くと、こ難しいか?)
んっっっと、なんていったらいいんだ? ようはドラゴンの標本とか、美しい動植物の標本の展示である。美術館デビューとかには楽しい展示なのかもしれない。
別に悪く書くつもりはないんだけど、愛知トリエンナーレで長者町アート活動の一翼を担っていたからではないと思うんだけど、渡辺英司氏の作品ってピンと来ない。ピンと来ないというか、渡辺氏の作品制作に対するスタンス(というか芸術に対する理論的な背景)とか、展示する為のスキルに疑問を感じる。
ある意味「作為的なアール・ブリュット」と言ってもいいのではないかと思う。1度構築された『図鑑』を切り抜く行為自体は、知の再編集というか、編集からの解放として、みうらじゅん氏のスクラップ芸術を引き合いに出すまでもなく、ポストモダンの知的営為として評価というか、前提的に存在する手法であろう。
しかし、それを針金に貼り付けて、床に置いてしまった時点で、作品に対して所有権を放棄したというか、『図鑑』として秘蔵されていた〈宝〉を加工してさらに〈個人的〉な〈宝〉となったものを、その感情の昇華が伝わらないまま床に置かれるのは、『図鑑』や書籍から多くの情報を得て、再編集している僕には、『図鑑』や〈編集的営為〉の冒涜にしか思えない。
確かに展示ケースや標本箱に収めれば、冒涜感に近い違和感はなくなるだろうが、たぶん、渡辺氏の制作欲求とは調和しないのではないだろうか? 床にマットや草原のプリントをひいてはいけないのだろうか?
アール・ブリュットが〈芸術〉である要件は、一旦作者から切り離されて、展示され、しかも、その展示方法が〈美術〉としての違和感がない場合だけなのではないだろうか? 不謹慎な言い方だが、作者の押し入れの天袋や、ゴミ捨て場に作品が存在しては、そのものが〈美術〉であることは発見されず、逆に〈美術〉と認識した人間に、そのコピーライトが移るぐらいの〈現象〉がおこるのではないだろうか?
これはアール・ブリュットが特殊な〈芸術〉だからではなく、〈美術〉の前提としての「制作に関わる理論」と「展示の要件」が歴史的に決定づけられているのではないだろうか?
当然、ポストモダンは、その〈歴史的背景〉を疑うことから始まるのであって、作品から愛着的所有権を放棄して、展示室の無造作な床に並べることに、存在理由が必要なはずで、それが伝わってこないのが違和感なのである。
もう中学生氏の段ボールの小道具の裏に何も書いていないことは、〈笑い〉的な存在理由があるのではないだろうか?
展示ケースに作品を貼り付けて、あえて裏側を見せる〈真意〉とはなんだったのだろう? 例えば仮に反転カラーコピーした像を貼ることは渡辺氏の芸術的センスには適わないのだろうか?
そもそも切り抜くことに芸術性があるのであれば、切り抜く様子を展示すべきなのではないだろうか?
まあ、かように〈すぐれた芸術作品〉というのは、時にわだかまり的な不信感として、見る側に多くのことを考えさせるモノなのである。
豊橋市美術博物館
F氏の絵画コレクション
~福沢一郎から奈良美智世代~
なんか、書いてたらつかれちゃった。
まあ「F氏」という個人コレクターのコレクション展。
パトロンという存在がいなくなって久しいが、これからは多色刷りの版画や0号の絵画など、個人が購入できる芸術というジャンルも注目されてくるのではないだろうか?
その中で、また別視点で注目されるのが、トレカやガチャガチャ・フィギア。こうゆうモノが美術品のカウンタになったり、美術品に手を伸ばす架け橋になったりするだろう。そういう意味で注目。
2012年08月05日
2題(7)
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
魔法の美術館
ようこそ。ここは光のワンダーランド
コンテンポラリー・アートは観客に常に躁状態の対応を求め、その意味で、その存在は欺まんに満ちている。と訳のわからない文章を書こうとしてもどうしても言いたいことが表面に出るな。。。
なんていうの、もう科学技術とも言わないんだろうな、センサーなどを利用して〈光〉をテーマにインタラクティブ(相互方向的)なアート活動の見本市。
動ける格好で、家族かカップルでの来場をオススメ。対戦ゲーム感覚の展示や下をのぞき込んだり、床に寝転んだり。
個人的には、ヘタに人出の多いトリック・アート展を見に行くより、家族づれなら、こっちの方が楽しめるのではないだろうか?(あんま、こういうこと書いても観客の出入りって変わらないんだよね)
まあ、親が率先して楽しんで、キャッキャやらないと子供って(意外に?)シャイだから、、、
風の原理を使うものもあるんだけど、センサー系はどこに影が落ちればどう反応するか? フェイントで1回休み的なセンサーもあるので気をつけないとね。
キャッキャすることが苦手でないならオススメ!
名古屋市美術館(伏見)
大エルミタージュ美術館展
~世紀の顔 西欧絵画の400年
『ぶらぶら美術・博物館』などで、とりあげられていたエルミタージュ美術館展の名古屋会場。このあと京都市美術館(2012.1010〜1206)へ巡回か?
エルミタージュ美術館はロシアの美術館で、展示はルネサンスから、バロック、ロココと新古典派、ロマン派からポスト印象派、アバンギャルドの世紀と作品を見ていくだけで、西洋のルネサンス以後の絵画史を概観でき、中野京子氏の『怖い絵』?などを参照すれば、その絵画がなぜエルミタージュ・コレクションなのかがよく判る。ちなみに音声ガイドはモデルの杏さんを中心に中野京子氏も執筆、及び声の出演をされている。杏さんの声も聞けるし(デート感覚をぶちこわしなのだが)男の人のカチッとした解説もあり、しめるところを中野先生がしめてる優れた音声ガイド。もっと『ぶらぶら』のスピンオフみたいな感じも聞いてみたいが、杏ちゃんの歌もワンコーラス?聞けるし、西洋絵画好き、杏ちゃん好きにはオススメ。もちろん入門にも。
個人的に、すきな作品を何点かあげておこう。ダ・ビンチ派の「裸婦(9)音ガ(3)」、ゲランの「モルフェウスとイリス(57)音ガ(16)」、ヴェルネの「死の天使(58)音ガ(15)」、オザンファン「食器のある静物(88)」とかかな?(番組で紹介された有名作品は除く?)
1番は死の天使。まず女の子がカワイイ。そして〈死〉というネガティブな題材にも関わらず、死の恐怖を感じさせない。なにか崇高な儀式のように〈死〉があつかわれている。夏のけだるさに、そんなタナトス(死への希求)がマッチしている。
2012年08月04日
挑戦状な2題(6)
京都国立博物館
古事記1300年
出雲大社大遷宮 大出雲展
古事記1300年の冠に違わず、古事記と古事記の享受資料から風土記、風土記に対する研究と文献資料に富んでいる。熱心な解読家が多く訪れているようでなかなか本文にたどりつけなかったので、目録などを確認してお目当ての文献があればどうぞ。
考古遺物も気をつけて見ないと関連資料も多く、東之宮の合子、大場磐雄の『まつり』に出てくる奈良・三輪山の祭祀遺物など、俺得な、それこそ〈まつり〉現象がおこる空間。
出雲の文化財では宇豆柱や鰹木はもちろん、摩多羅神や牛頭天王など神像も注目。アシナヅチぢゃないや、老翁神が出雲タイプとして注目できそう。
んで、帰りのバスなんだけど、混んでるのに修学旅行生がゆずりゃしない! 10年前くらいの感覚で「あと2人くらい入れるな」と思って乗り込んでも、うんともすんとも言わない。それでも、先頭付近で座席の間に身を乗り出してプレステやってるヤツはいるし、涼しい顔してスマホいぢってるヤツもいるし(激怒!)
なんていとう公共の場におけるプライベート・スペースの問題は文化的基盤の相違に起因するんだけど、超満員のバスの中でスマホできるって、どんな田舎モンなんだよ! って、1本待てば多分、がら空きのバスだし、1台の中に修学旅行生が5組かそれ以上いたんだから、イレギュラーな状態なんだろうな。
もっと清水とか平安神宮でなく、東福寺や醍醐寺へ行け!
奈良国立博物館
頼朝と重源
−東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆−
すげー! まさに「かまくらクライシス」をテーマにした展示。東館と西館の1室。今年は西館・平常展押しなんだな。
なんていうの国立博物館で、この内容で展示をされてしまうとデジタル・ミュージアムの限界を、まざまざと提示されてしまう。しかし、デジタル・ミュージアム限界に挑戦していないのも確かだ。
個人的に『吾妻鏡』の西行が好き。なんか『カリオストロの城』のルパン三世みたいに、どこか紳士的で、紳士的であるが故にデカダンが強調されてしまう、はたして奥州の金を東大寺に持っていったのは頼朝か? 西行か? みたいな?
展示は、南都や重源関連の遺宝はもちろん、頼朝の肖像画が3つ。個人的に神護寺に「文覚上人像」と「僧形八幡神像」があるのに、なんで「源頼朝像」でないのかよく判らない。肖像は礼拝対象であると同時に、寺院の縁起を語るためのツールでもあり、足利時代に有力な壇越がついたとしても、中興を語る縁起としての肖像画として「源頼朝像」がないのは不可思議で仕方がない。近代に焼失したとかなら別だが、前近代に、その補強もなく別の壇越像は存在しないのではないだろうか?
あと、八幡神のコーナーが充実。有名な鶴岡の「八幡宮」の扁額が「八幡宮寺」の扁額だったとは、見落としていた。
2012年07月30日
戦国のあいち(5)
愛知県陶磁資料館
戦国のあいち
−信長の見た城館・陶磁・世界−
展示はおよそ3部構成で、1部は愛知県埋蔵文化財センターが主体になる「城館」というか、当時の地域支配の中心になる守護所の変遷を、歴史地理学的な復元と考古学的な発掘成果による展示。
第2部は愛知県陶磁資料館が主体になる「陶磁」の展示。窯業の現場である窯跡の説明とグローバルに東アジアの窯業の概観。
第3部は愛知県立大学が主体になる「世界」観の提示。寺院の什物による仏教的世界観と、宣教師の見た日本像の復元。
まあ第1部の守護所総覧をメインにして2部・3部で補強する感じと捉えればいいのだろう。ただ、寺院の什物に対するライティングが少々痛々しい。
リニモ沿線の研究機関や、沿線の展示施設、愛知県の教育系組織が連携して、展示活動・啓発活動をおこなう事は、もっと活用されてもいいように思う。
陶磁器に関係なくても、中世の仏教儀礼や天皇の即位儀礼に関する展示・シンポジウムなども今後、可能性があるのではないだろうか?
愛知県史を語る会なんかも、もっとやって欲しい。
愛知県陶磁資料館
愛知県の遺跡発掘調査の成果
特別展示室を半分に分けて、朝日遺跡の遺物を中心にした展示と愛知県埋文センターのクロニクル的なパネル展示。
南館の2階にも埋文センターによる展示があるので関連して見ておきたい。
「愛知県陶磁資料館」の新名称【募集】
http://www.pref.aichi.jp/0000053033.html
2012年07月21日
難ありな3題(4)
トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館(栄生)
巡回展
ノーベル賞を受賞した日本の科学者
国立科博によるパネル巡回展。貴重な資料も多い事から複製品が多いが、日本のノーベル賞受賞者の研究内容、人となり、後進の子供たちに対するメッセージが簡潔にまとめられている。
企画展示室での展示かと思ったら、自動車館のワンフロアーのこぢんまりした展示。夏休み期間は子供の入館が無料になるので、電力のピークカットやノーベル賞の展示のみの見学はすすめないが、産業館としての雄であり、現役で動く機械が間近で見られる機会は貴重という点からオススメ。
おしむらくはアプリケーションとして図録や関連の読み物などがショップにあるとよかったとも思うが。
常設展示や(以前行われた)企画展示の図録やミュージアム・グッズも充実しているので、その点では期待してよい。
NHK名古屋放送局
『平清盛』全国巡回展
パネル展示だとは聞いていたのだが、1番に目に入ったのが、デジタルフォトフレームだったのにビックリした。
まあ、こういう展示は特別展として予算が付くわけではなく、大河ドラマ制作に関わる広報の一環として予算が組まれているのだろうから、目くじらをたてて怒る性質のものではないが、こういうものが唯一の「ブンカ」だと思われると困るのは確か。
逆に文化力だして、ドラマの調度と出土品を比較展示されても「誰得?」的な雰囲気になるのでは?
まあ、栄・オアシスの付近にお立ち寄りの場合に、放送事業への関心の表示として立ち寄るという向きにオススメ、、、、、、しとこう。
名古屋パルコ 西館7F・特設会場
映画「へルタースケルター」パネル展&ミニショップ
「特設」という意味があれで正しいのだろうか?
西館と東館の連絡通路にA4?サイズの写真が展示されていて軽く物販がある感じ。
なんか経営主体が「PARCO」という看板のあつかいに苦慮している感じなのかな?
季節的な関係なのかギャラリーの場所に水着が陳列されていたり、映画館がなくなっていたり(ゴメンナサイ、映画館は東館の8階でした。単館系の非常に優れた映画館なので是非訪れてください!)、なんていうの「PARCO」っていう看板にあるアングラなサブカルチャーの巣窟的なイメーヂが払拭されている。
PARCOはPARCOなんだから、パッセをねらっても、パッセではないんだから失敗するんだと思う。
個人的には、PARCOやパッセがトリエンナーレの会場として「営業展示」的なショーケースにならないか? と思う。
その中で、PARCOの映画館でミュージック・クリップの展示や、ファッションアイコンによるキュレーションやトーク・ショーなど考えられないのだろうか? 建築の専門家なので、テキスタイル・ファッションのアート性とか、ポップカルチャーは門外漢なのだろうか?
そのような事は、前提的にPARCOやパッセが商業的に成功している事が必要なわけで、トリエンナーレの予算云々以前に、そういう文化事業に近い商業活動に対して行政として、もう手の打ちようが存在しないのだろうか?
普段生活している中で、単館系の映画館が消えたり、サブカルチャーのギャラリーの展示回数が減ったり、博物館・美術館の特別展・企画展の内容が予算的に見劣りするような感じになる中で、
アイチ・トリエンナーレというのが、いったいいくら使って、何を目指しているのか?
多分、それは僕の普段の生活とは隔絶した「美の祭典」なのではないだろうか?
そんなに商業的に成功している芸術(音楽やミュージック・クリップ。歌舞伎や相撲。商業映画)がいやしい媒体なのだろうか?
長者町で利益とは関係ない(あるいは金にならない)芸術的営為をおこなう事が美しい事、文化的向上に値する事なのだろうか?
まあ、行政の事業といっても、誰かに対しての利益誘導で、それを引き出すためには、大きな声による陳情が必要になるのは、当然の事と理解しなければならないのだが。。。
2012年07月14日
3題(3)
高浜市やきものの里 かわら美術館
愛と正義と勇気をうたう
やなせたかしの世界展
1階がアンパンマンで、2階がアンパンマン意外のやなせたかし氏の仕事展。
個人的には2階から見て欲しい。やなせ氏というと『アンパンマン』はもちろん『詩とメルヘン』の編集や「手のひらを太陽に」の作詞、震災の時に「アンパンマンのマーチ」への大量のリクエストがあったこと、そのことに感動した、やなせ氏が「奇跡の一本松」という曲を作詞・作曲したことなど、現在でも現役な影響力があり、やなせ氏の絵本作品には、にじみ出るメランコリーがあったり、とてつもなくがらんどうな虚無感が伴っていたり、もちろんユーモアもあるのだが、どうしても悲劇を高く評価してしまうのは、僕の癖(へき)だ。
2階の『やさしいライオン』の原画、読んでて泣いてしまった。ライオンが「どう猛」であると見られる色眼鏡と〈母性〉と〈母性を求めるウブな子供心〉が、もう、ヒリヒリして何とも言えない。1種、70年代のニヒリズム的な世相の産物ではあるのだろうが、『やさしいライオン』1つとっても、その時、その場所にやなせ氏が存在したと言うことの証であると同時に、その作品に共感した僕たちは、どこかで義兄弟的なのだ。
1階は日テレ系でアニメーションにもなったあの世界観の展示。館としては木曜の午前中に限定しているようだが、お母さんやおばあちゃんが、子供に読み聞かせをしてあげるのがオススメ。僕が行った時も読み聞かせしてる人がいたよ、ほほえましかった。
どうしても美術館というと「お静かに!」というイメーヂがつきまとうが、笑ったり、突っ込んだりしながらボソボソ言いながら見るのが好き。美術館にあんまり慣れていない人の方が、かえって、そういう行為に怪訝(けげん)にしたりする、そういうものだったりする。
図録がないのだが、あの分量を図録にすると、逆に高価な画集的なモノになってしまいかねないので、グッズが充実しているので、お気に入りのグッズや絵はがきなどを思い出にして欲しい。
半田市立博物館
企画展
知多の古窯
12世紀中頃からになるのか? 知多半島の古窯が操業しだすのが。
ちょうど藤原道長から平清盛の時代の焼き物が、めじろおし。
清盛時代の窯業に興味があれば田原市博物館の「渥美古窯展」と2つ併せてみると、よりイメーヂが深まるのではないだろうか?
時代劇の酒器の器種がイメーヂによってどんだけ、ねじ曲げられているのかが、よく判る。
おしむらくは図録がないのだが『愛知県史 別編 窯業3 中世・近世・常滑系』
http://www.pref.aichi.jp/0000045461.html
が刊行されているのか。。。
半田空の科学館
プラネタリウム 一般投影
鉄腕アトムと探ろう!
~土星をまわる神秘の星タイタン~
今、西の空に土星が出ているらしいって土星は一年中みれるのか?
土星探査機の成果報告になるのか? 土星とその惑星であるタイタンの基礎知識が、アトムを通してすんなりと入ってくる。逆に、アトムやお茶の水博士が子供にすんなりと理解されるのかが不安なくらい。
個人的には、こういう館と名古屋市科学館の差別化点ってなんなのか? さっぱり判らない。
名古屋市科学館はあくまで科学館のメジアンであって、東京大学ではないと言うのが個人的な感想。
確かに名古屋市科学館の竜巻ラボはでかくて圧倒されるが、類似の展示が空の科学館にもあって、空の科学館のもので規模的にも十分なのでは思う。それ以上に竜巻被害の啓発やメカニズム、竜巻ラボを使って、どうやると竜巻のメカニズムを調べる実験が出来るのか? 大人の側の前勉強の方が重要なはずで、「名古屋市科学館が1等なのだから、1等を見せておけば間違いがない」という大人のステレオタイプこそが、1番、子供を堕落させている!
また、プラネタリウムにしても、名古屋市科学館とこういう館の最大の違いは、制作会社が作成したコンテンツを見せるかどうか? になってくるのではないだろうか?
個人的には名古屋市科学館の〈1等性〉だけが一人歩きして「名古屋市科学館のプラネタリウムなら間違いがない!」と無分別に考えているだと思うのだが、
中には制作会社のコンテンツを低く見る向きもあるのかもしれない。しかし、テレビのような商業性の高いコンテンツを見て、商業音楽を聴いて、普段、生活しているのに、こと教育にだけ「商材として流通するコンテンツ」を嫌うのは、ただのご都合主義なのでは?
どうしても教育性の高いコンテンツではエンターテイメント性が両立しにくい(エンターテイメント性をワルウケと誤解して、教育や先端技術に存在する、先天的な知的好奇心を刺激できない)作品が、存在しないとは言わないが、館のシステムと利用可能な商材のマッチングは学芸活動の醍醐味の1つで、もしプラネタリウムに興味があれば、学芸活動への賛同の意味でも定期的にホームページをチェックして、足を運んで欲しい。名古屋市科学館以外に。
逆に名古屋市科学館のプラネタリウムは客足が伸び悩んだ時に、起爆剤として現在の上映スタイルを採用したはずで、オープニングで混むのは必定なのだから、商材を流した方が人数調整になったのではないか? 開館して、すぐの時に文化・スポーツ族の政治家さんが、喜び勇んで「実地見学のために見てきた!」なんて話しててさ、オレまだ見てないんだぜ、ワイルドだろぉ〜! ぢゃあないや、混んでるのに並びたくないのが、自分が苦痛に耐えられないのと、自分が見ない分だけ誰かが見れるだろうという二重の意味なの。
2012年07月08日
2題(2)
名古屋市博物館
マリー・アントワネット物語展
音声ガイドを『ベルサイユのばら』の池田理代子先生がつとめるなど、多少、ショウライズされた展示かと思っていったが、手堅く、まとめられた展示。当時の絵画資料などを駆使してマリー・アントワネットの人物像と生涯が、まとめられている。
展示はおよそ3部構成で、1部が時代背景とマリー・アントワネットの人となり。2部が当時の衣装の復元で、撮影可能、一部試着?も出来ると体験型の新たな試み。3部がフランス革命とアントワネットの最期。
音声ガイドが多少盛りだくさんすぎるのかな? ワンコーナーでの説明点数が少し多め。あと末尾の空音が少し長い3秒ほどあるのでは? その時点で操作が可能ならいいが操作ができず、空音を聞くのを強いられるのはストレス。
まあ、しかし、キャプションを、ほとんど読む必要がなく、音声ガイドを借りた方がキャプションを読むより、すんなりと展示が入ってくるのではないだろうか? と言うことで音声ガイドはオススメ。池田先生のナレーションだし特典も充実している。
おしむらくは、あえて展示されられなかったのだろうがマリー・アントワネットに関する『怖い絵』というのが存在する。まあ、その辺は『怖い絵』で要チェック! なのかな?
松坂屋美術館
風の画家 中島潔が描く
「生命の無情と輝き」展
松坂屋へよって『相棒展』を見る予定だったが、待ち時間が1時間半ほどあって、キャパがあれなのか、音声ガイドがあれなのかよく判らないが、逆にみんなが待っている中で楽しむ自信も無かったので、1階下がって『中島潔展』へ。
もし『相棒展』へ行くのなら、『中島潔展』を見ておかないのは片手落ちというくらいよかった。まあ作風が好きかどうかはあるんだけど。
京都・清水寺にある成就院に奉納した襖絵のお披露目がメインなのかな? ホントにスゴいの!
中島潔氏といとうあんまりピンと来ないかもしれないが、誰でも1度は見たことがあるのではないだろうか?
小さな男の子と女の子、少し淋しげで、時に指をくわえていたりする。美しい大自然の中に、その憂いが、とても美しい。
それをふすま絵という大幅に、どう、はめ込んでいくか? そこを、みなさんの目で確認して欲しい。
2012年07月03日
【EotY】2012年第2四半ベスト3(1)
【ベスト3】
名古屋市博物館
尾張氏(おわりうじ)
☆志段味(しだみ)古墳群をときあかす
やはり先行研究の提示する遺跡群の抽出ではなく、志段味の古墳群を軸に、それを補強する資料を集めていくことが、以前の展示『古墳とは何か』と差別化できたところで第一。
奈良県立美術館
光と影のファンタジー
藤城清治 影絵展
来館者数がニュースになるほど盛況だった展示。
ただ視覚的に美しいだけでなく、ストーリー・物語としての美しさ、ヒリヒリとした感覚。次点。
三重県立美術館
蕭白ショック!!
曾我蕭白と京の画家たち
石水博物館
曾我蕭白と伊勢の近世美術
曾我蕭白のネームバリュー以上に、蕭白ゆかりの伊勢で行われたことが重要。入選。
【総評:5件】(順番は鑑賞順)
奈良国立博物館
解脱上人貞慶
−鎌倉仏教の本流−
貞慶は旧仏教の人ということで、世間的には評価も不十分なところもあるが、押さえておくべき人物。
名古屋市蓬左文庫
江戸の粋−尾崎久弥コレクション−
江戸軟派研究というとナンパのくせに硬くなるがサブカルチャー的な大衆性、軽快性を持った内容。
皇學館大学 佐川記念 神道博物館
神社名宝展ー参り・祈り・奉るー
大学の附属博物館での企画展。今後の展開にも注目。
名古屋ボストン美術館(金山)
ボストン美術館 日本美術の至宝(前期)
言わずもがなにスゴい展示。後期展にも注目!
田原市博物館
渥美古窯と現代陶磁
渥美窯の製品と時代、その背景の人物関係。
2012年06月24日
2題
田原市博物館
渡辺崋山と平井顕斎
渥美古窯と現代陶磁
生誕140年 岡田虎二郎展
やはり特筆すべきは「渥美古窯と現代陶磁」だろう。
館蔵のコレクション作品による現代陶磁と渥美窯の抱き合わせなのだが、館蔵のコレクションが手堅く見応えのあるものがちらほら。個人的には命銘コンテストなんかを行ったらなじみもわいていいのかなとも思うくらい、個性的な作品が目白押し。
渥美窯は渥美郷土資料館の蔵品になるのか皿焼窯と伊良湖東大寺瓦窯もものももちろん、大アラコ窯など普段みられない資料や、その他の古窯の出土品を概観的にあつめてある。
瓦経片や大アラコ・竜ヶ原1号の藤原氏銘など、文字資料も目新しい。
もう1つ紹介しておくと、皿焼13号の宝塔片と格狭間。性海寺の宝塔や西大寺の鉄塔のような造形を想像したくなる。
渥美古窯が操業される時代は、まさに清盛時代。大河ドラマ『平清盛』に触発されて、その時代の風俗に触れたいのなら、陶器の分野では参考になるのではないだろうか?
平井顕斎は崋山の弟子。岡田虎二郎は田原生まれの静坐法の考案者。
豊橋市美術博物館
文化人・芸能人の多才な美術展
すげえ感動した。この種類の感動を二十余年経験してなくて、最初は、それが感動であると感じられないくらいに、心が動かされ、思いをめぐらした。
内容は、いわば現代の芸術による百人一首!
どうしても芸能人というと黒い噂というか、暴力団とつながりのある事務所社長と夜な夜な酒宴に興じるようなチ〇ピラ的な若い衆というのも少なくないと聞こえてくるが、世間的に「好青年」と評判の歌手の方の作品がメインというか、観覧者が、そこに留まっていることが多かった。
例えば、作品を1点あげてみると、北野武氏の龍の絵。映画『アキレスと亀』の中でも作品の制作工程をいくつか示しているが、北野氏の興味として美術史というか製作技法を時代順に追っていくと言うことが、最近の北野氏のライフワークと言っても過言ではないのでは無いだろうか?
作品を見ると、スーラ的な色の構造分解(カンバスの上に原色を重ねて視覚的に混色を表現する)的な点描という形式を取りながら、草間弥生的なドット表現にまで昇華されている感じ。美術史的な認識と作画的な技術が融合した作品であろう。
まあ1つひとつの作品がどうすごいかを語るよりも、それらの作品が群として蒐集されているということのスゴみ、威圧感というのを体感して欲しい。
芸能人・文化人と言うことで作品や、このような企画自体を低く見る向きもあるかもしれないが、極個人的には制作者の何人かに興味があるのなら、このような展示を、逆に見るべきだと思う。ちゃんと見ておかないと眼がくもってくるというと、少し言いすぎか?
おしむらくは、政治家の作品は正直、引いた。コレクションとして収蔵することは構わないと思うが、あの震災の直後に「政治家が習字をしていた」という幻想は、正直、リアルにきつい。
遅れに遅れて、今頃になって大連立的な(今となっては)「野合」とも揶揄されかねない。しかし、震災直後なら、どうだったのだろう?
真剣に震災前の「ねじれ国会」が求められる国会の姿だと思っていたとしか、現段階では判断できない。
あんな、ねじれるんなら国会開かずに内閣の政令で全部、通しちゃえば、よかったんだよ! 無能な首相を選んだモンだと思う。
展覧会とは全く関係ないが・・・
2012年06月23日
名古屋ボストン美術館
名古屋ボストン美術館(金山)
ボストン美術館 日本美術の至宝(前期)
巡回展。
名古屋だけ会場の都合か、前期展と後期展に別れている。また、仏像がまったく出陳されない。仏像が見たければ、来年4月に大阪市立美術館に巡回してくるので、この時をねらいたい。
章立ては(1)神仏、(2)2大絵巻、(3)水墨画、(4)近世絵画(長谷川等伯、狩野派、若冲)、(5)曾我蕭白という感じ。
音声ガイドが全てではないが充実している。前後期展、通しての割引とかあるとうれしかったのだが。
あえて、どの作品がどうかと言うことは語らないが、名古屋市とボストン美術館が提携しているのだから、せっかくだから近隣の方は見ておいたほうがいい。(逆に内容を知っている人は必ず行くレベル!)
2012年06月18日
清盛と古事記
京都文化博物館
平清盛
大河ドラマ『平清盛』にちなんで、清盛時代の展示。
龍馬展はホントにスゴい人混みだったが、清盛展は若干の余裕がある。会期末には混むだろうから、お早めの来館をオススメ。
同時代資料として日記類を駆使しながら時代は下るが絵画資料を使って、立体的に「清盛時代」を立ちあらわしている。平家納経は3本が本物で2本が大倉集古館の複製。まあ肩肘張らずに、その美しさを鑑賞できる。厳島神社の建築模型も。ここまでが4階。
3階は両部曼荼羅と仏像・仏画、日宋貿易の文物、『平家物語』の成立と平家の没落。
音声ガイドは平時子こと深田恭子さん。清盛様が、清盛様がと連呼されるのが、少しつらい。まあ、ひとえに、自分1人がための深キョンなんだけどね。会場ごとのボーナス解説もありストレスもなく十分に楽しめる。音声資料の提示が丁度4階から3階への移動にあたり、もう少し長くてもよかったのかもしれない。
図録・グッズは3階に特設のショップがあるが、1階の便利堂も、今一度チェックしておきたい。節電には、かかせない扇や、暑中見舞用のハガキなども、一歩、差を付けるグッズが盛りだくさん! 個人的にオススメは竹製のハシ「かぐや姫」。銘物だよ、あれは。
2階の常設展示もリフレッシュしている。以前の常設展示でもビジュアル性を重視した展示だったが、ビジュアル感は、そのままにモノにも焦点をあてている。最大の改良点は展示室を左右に分け、企画展示部分を設けたことだろう。
現在、さしこで評判の『北野天神縁起絵巻』の複製と現代アートの展示。京都文化博物館の常設部分は、ズバリ「京都のビジターセンター」これから、どのような企画が行われるか? 注目です!
あっ、そうそう京都文化博物館には、隠れた展示室が、実は、もう一つあります。地下鉄・烏丸御池の北口からでたエントランスのところに展示ケースが。現在は平安京の瓦と木製品。北口から出ると京都文化博物館にたどりつけなくなるおそれも。帰りによるのがオススメ。
奈良国立博物館
古事記の歩んできた道
−古事記撰録1300年−
西館の1室のみの展示。古事記の古写本、そろいぶみはいいが、古事記裏書きとか享受資料に乏しい。
まあ、『先代旧事本紀』は『古事記』からの引用も多く、まあ享受資料と言ってもいいが、日本紀講に関わる資料に『古事記』の序文に類似する記述があるとか。
近年の研究では、日本紀の講書の中で『古事記』序文が創作されたのでは? という考え方も根強いが、個人的には『古事記』成立後、成立の経緯や『日本書紀』の成立によって、早い段階で『古事記』が忘れられて、平安遷都以後、新たに『日本書紀』の講書が企図される中で、また『新撰姓氏録』に代表される人材投与に関する新たな指針作りの中で「序文附きの『古事記』」が再発見されるカタチになるのではないだろうか?
『日本書紀』の講書の第1回を太安万侶が行ったのかはどうかは一旦留保(した可能性の方が高い気がするが)するが『古事記』の再発見によって、太安万侶を顕彰する〈運動〉が起こったのではないだろうか?
そう考えた時に日本紀講の資料の中に『古事記』の引用があるとするなら、順接に「序文附きの『古事記』」からの引用と考えていいのではないだろうか?(全然、展示と関係ない話してるな。。。)
展示そのものは太安万侶の墓誌に始まり、萬葉時代の漢字かな表記。『萬葉集』『古語拾遺』『先代旧事本紀』などの神話に関するテキスト。そして現存する古写本の出そろう室町時代の3本の古写本と『古事記上巻抄』と呼ばれる『古事記』の抄出。本居宣長による『古事記』の校訂と『古事記伝』。最後に近世・近代に生産される神話に取材した図像と『古事記』・神話のたどってきた歴史が概観できる。
まあ展示内容の性質上、観覧者を選ぶ内容なのでは? 萬葉仮名というか古事記の本文が読めないとつまらないかも。
西館常設は縁起絵画など、あまり見ないものが。
地下のショップで、
http://www.amazon.co.jp/dp/4623060179/
『知ってる? 正倉院−今なおかがやく宝物たち− カラーでわかるガイドブック』
が販売されていた。数年前から『正倉院展』の時期に読売新聞社が発行していたモノの合冊になるのか?
まだ十分に見ていないので増補部分があるかは不明なんだけど、里中満智子先生のエッセイなど執筆陣も充実しており、子供にも読めるようルビが振られ、かといって内容も大人向けと遜色ないような正倉院入門、『正倉院展』必携書。
2012年06月03日
2題
石水博物館
曾我蕭白と伊勢の近世美術
半泥子の旅
−スケッチと思い出の品−
新博物館になって初めて訪れた。
阿漕駅からだと広い通りに歩道がないので、バスでの来訪がオススメか? 鉄道は1時間に1本程度、バスは2本ほど。三重県立美術館とかけもちなら、時間を調べて、こちらに先に訪れたい。
閑静な住宅街と里山の結節地点になる静ひつな空間。
旧博物館の津新町の駅から松菱までのガヤっとした街並みも借景として、すばらしいものだったけど、半泥子の作陶の〈現場〉、千歳文庫の残る、ゆかりの場所にしっかりと博物館として建てられたことには意味がある。
老朽化や耐震の関係もあるのかもしれないが、千歳文庫を間近で見られないのは惜しまれる。
展示は、1階が蕭白関連、2階が半泥子の作品と旅日記。
まあ曾我蕭白は、あの独特の作風が、ぶっちゃけ好きかどうかの問題なので、博物館・美術館を訪れる前に、何らかのカタチで作風を確認して欲しい。
蕭白の作風が好きなら、六曲一双の屏風は一見の価値あり。山水、トラ、タカ、ツル、寒山・拾得と蕭白の代表的な画題が惜しげもなく展開している。
三重県立美術館にも蕭白の屏風は展示されているが、これだけバラエティーのある画題を取り合わせとしてのバランスもよく配置している屏風は他にはない。
1階の展示は全21点、蕭白5点のこぢんまりした展示だが、館蔵や三重県立美術館の同時代作家の作品、パラミタミュージアムの萬古焼きと蕭白の通った時代の伊勢の文化的水準を概観できる内容。
2階は欲袋が展示されている。片面が半泥子作の茶道具を中心に、もう片面を半泥子の旅をテーマに旅日記とパステル画、出版された半泥子の著作など。
2階展示室、奥に山里茶席の復元。
川喜田半泥子は百五銀行の元頭取。北大路魯山人や荒川豊蔵と同時代の人。数寄者として有名で、自ら作陶も行っている。石水博物館は半泥子の作った千歳山窯の近傍に立地。
三重県立美術館
開館30周年記念
蕭白ショック!!
曾我蕭白と京の画家たち
会期中、前期・中期・後期と展示替えアリ。
1階の企画展示室が蕭白、2階の大部分を使って蕭白前史と京の画家たち。2階1室と県民ギャラリーが常設に当てられている。
目玉は、なんといっても旧永島家のふすま絵群だろう。とくに竹林七賢図。1種のだまし絵的な手法なのだろうが、七賢人が飛び出して見える。
朝田寺の唐獅子図はあんなに大幅なのに恐くない。なんかネコが威嚇しているような感じ。
グロテスクなまでに誇張された人物の表情に、アンニュイな仕草。
そんな人物を受けたようなユーモラスな禽獣もあれば、
野生の本能を感じされるタカのどう猛な眼力。
手練手管を尽くしてもいかんともしがたい、あの西王母も見てみたい。
2012年05月12日
4年と10年
三岸節子記念美術館
特別展
三岸黄太郎展
三岸黄太郎は三岸好太郎と節子の長男。好太郎の回顧展という名目だが、北海道の好太郎作品、1階の常設も含めて3人展の色合いが濃い。
黄太郎の作風は好太郎や節子からインスパイアされたモチーフの抽象画・具象画も当然なのだが、筆致の妙というか、絵の具を盛り上げたり、逆にヘラで削り落としたりして写真では感じることのできないテクスチャーを大事にしている作家だと思う。
チラシやポスターで紹介されている「通りすぎた風景」というグレーの山に黄色い丘、曇り空の絵もチラシで見るより本物は何十倍もいい。
個人的には2008年の「街」という第2室の作品が好み。まだ明け切らぬ街の漆黒の中に、ほんのりと浮かび上がる輪郭、その輪郭は無機質なようで、実際は指紋の残る人為的な光景。こう書くと見たくなる?
節子の作品も1階に「さいたさいたさくらがさいた」と「自画像」2階に「ブルゴーニュの一本の木」、好太郎は2階の1室の一面だけだが初期のピエロをモチーフにした作品、作風の安定した「飛ぶ蝶」と有名な「のんびり貝」という海辺に大きな貝殻の絵が来ているので、それだけで満足できる。
一宮市博物館
火事と喧嘩は江戸の華
~火事装束
まさにクールジャパン。江戸時代の火事というと町火消しを連想するが、火事装束は大名が、それらを指揮するための、現代の感覚からすると背広に対して作業服にあたるのか?
現代の作業服は実用性・機能性が重んじられて、こだわるとすれば会社のオリジナルの色であったり、胸元にロゴを刺繍する位だが、江戸時代の火事衣装はホントにキレイ!
まずロゴに対応する家紋はデザインとしてホントにキレイ。布にもこだわりがあって、フエルト地のような毛織物で、色染めも黄や赤など鮮明。
一宮というと毛織物の産地と言うことで、博物館で墨コレクションを収蔵したそうな。それの調査・研究成果の報告と言った感じ。
2012年05月04日
2題
皇學館大学 佐川記念 神道博物館
神社名宝展ー参り・祈り・奉るー
神社宝物と社頭図の2部構成。
ほんの数年前なら「参詣曼荼羅」なんて言葉は使用されず「社頭図」でひとくくりにされるのではないだろうか? とくに皇學館のような神宮のお膝元では。。。それがちゃんと参詣曼荼羅という言葉を使用して尾張一宮の「古絵図」とか「桃花祭図」と一般に言われているモノについても「真清田神社参詣曼荼羅」と新たな見解を提示している。
1部では松尾大社の神像が展示替えを含めて3体、「住吉大社神代記」、石清水八幡宮の『類聚国史 神祇部一』(『日本書紀』神代巻に相当)、熱田神宮の『日本書紀 巻三』、神宮文庫の伊勢神道系の儀式帳など国文・国史系に注目が集まるのでは?
2部は石清水、祇園社の社領図とか境内図に近いものから、三輪山の神体山に日月が配置される過渡的な図、多賀参詣曼荼羅の黄土を全面にする典型的な参詣曼荼羅、尾張一宮の真清田神社の廃仏毀釈運動の爪あとの痛々しい図、残闕だが注目される熱田神宮古絵図など社頭図の変遷が手堅く押さえられている。
おしむらくは『張州雑志』から真清田神社図の古体を写真展示でいいので提示して欲しかった。
図録は無料と有料版が用意されているので、お財布にあわせてどうぞ。常設の図録も絵葉書もオススメ。
【道程】伊勢市駅からバス、11番乗り場51系統(10分に1本程)「徴古館前」下車。左手に「神宮文庫」の額の門があるので入る。坂道を上がって車止めを右、というかベンガラ塗りの神宮文庫の反対側。大学本部まで行くと行きすぎ。
式年遷宮記念 せんぐう館(外宮)
http://www.sengukan.jp/
今年の4月に伊勢神宮参詣の起爆剤として作られた展示施設。
伊勢神宮の思想的基盤をイメーヂ豊かに立ちあらわしている。神宝の制作過程も、細かく展示されていて参考になる。最も注目は正殿の原寸大・復元。建築細部の説明から、丸太から材木の切り出し、角材を丸材にしていく行程、大工道具。
ホントにビジュアル的に感覚的に伊勢神宮のことがすんなりと入ってくる感じ。
おしむらくは図録や絵はがきなどのグッズの販売があるとなおよいのに。。。
2012年04月29日
2題
名古屋市蓬左文庫
江戸の粋−尾崎久弥コレクション−
ようは江戸時代のライトノベル(耽美小説)の展示。江戸時代の西尾維新さんというと解りやすい?
現代のライトノベルというとメディアミックスという手法が多用されていて、小説の装幀というかカバーデザインにあからさまにカワイイ女の子の絵が使われて、小説が人気になるとアニメ化が決まり、アニメ化と同時進行で系列のマンガ雑誌にマンガの連載が始まる。それら全てがコレクターズ・アイテムになって、読者の側も自分に入って来やすい媒体(メディア)を選択できる特性がある。江戸時代の本の説明するのに、なんでライトノベルの説明してるんだ?
江戸時代のメディアミックスは、どっちかと言ったら一粒で何度もおいしい。
装幀は錦絵のような、まるでライトノベル。挿絵は白黒ではあるものの、挿絵というより吹き出しのついたマンガのよう。
ライトノベル好きはもちろん、江戸時代の庶民の生活に興味のある人、浮世絵・錦絵好きには必見といった感じW
徳川美術館
豪商のたしなみ−岡谷コレクション−
現在の岡谷鋼機の前身の「笹屋」の当主が集めたコレクション。
文字鏡(古筆を時代順に貼り合わせた折り本)、茶道具、屏風など堂々とした壮観さがある。
興味のおもむくままに、あげていくと、織田長益(有楽斎)の次男・八道の茶杓、利休の朝顔に関係する書状、黒織部はチラシのより沓茶碗の方が好き、伝豊臣秀吉の茶杓というのもある。ああ常設展示に青磁香炉の「千鳥」が展示されてた。個人的には砂張(さはり)の鉄鉢形の水指しというのも好き。
円山応挙の浜松図屏風は少し離れたところからみると、すごくセクシー。古筆や絵画は言わずもがな(見る目がないともいう)なので省略。
ちと、図録の抜き書きの羅列に過ぎないかもしれないが『へうげもの』好きは見に行って損はない展示だと理解していただければ・・・
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
北斎展
京都であった巡回展? とは別系統の展示になるのでは?
まあ、手堅い展示といっていいのでは?
全点ではないけど富嶽三十六景が結構な点数あってそれだけでも壮観!
版画、肉筆、冊子、刷り物という高級な版画。
蓬左文庫とのかけ持ちがオススメ!
2012年04月28日
3題
高浜市やきものの里 かわら美術館
アール・ブリュット・ジャポネ
どちらかというと刈谷系の展示なのでは? と思ったら2005年に「アウトサイダー・アート」というネーミングで展覧会をおこなっていたという。
まずはアール・ブリュットやアウトサイダー・アートの説明をしないと、、、ようは正規の美術に関する高等教育を受けていない人の作品群。なんていうの知的に障害のある人の作品が中心になるのか?
僕は歴史に関する高等教育を受けていないんだけど僕の手法をアウトサイダー・ヒストリーというのかな?
それはどっかで僕のおごりであるのと同時に、アール・ブリュットという言葉で作品をくくってしまうことが、区別や差別の源泉になりかねないという危険性をはらんでいる。
作品自体は、表現するという欲求と、思いぐせやトラウマに近い強迫観念による造形というか1階の講堂と2階の展示室の展示なのだが、もう、すべてを見てまわるだけで、ふらふら。
作品はフランスで開催された展示の凱旋展で、以前『新日曜美術館』で紹介された作品群になる。
すすめる、すすめない以前に、そういう精神状態に学術的な興味があるかとか、お気に入りの作家がいるのか? という基準でないと見ても意味のないモノだから、いや別にどんな美術作品でも、それはそういうことなんだと思うんだけど・・・
名古屋市見晴台考古資料館(笠寺)
春季ロビー展
「尾張氏」をささえた産業
−古墳時代の鉄・塩・須恵器を探る−
資料館のエントランスというかロビーの展示だが、キャプションがしっかり作られていて、展示品以上に内容が立ち現れてくるつくり。
展示室は常設展の期間で、しっかり作り込まれた展示。見晴台遺跡の弥生時代はもちろん戦中の戦争遺跡までのクロニクル、名古屋市域のクロニクルと、小さいながらまとまった展示。
名古屋市博物館の展示で名古屋の考古学や歴史に興味を持ったら、1度は訪れてみたい資料館。
名古屋市博物館
企画展
尾張氏(おわりうじ)
☆志段味(しだみ)古墳群をときあかす
以前、ブログで紹介したんだけど、志段味のこの一族って「少治田」氏ぢゃない?(『愛知県史 古代1』三一六)
尾張戸神社ってのも「少治田」からの転訛なのでは? そう考えた方が、尾張戸の「戸」の説明がしっくりくるのではないだろうか?
なんか、ここまで書いたら、疲れちゃったので、あとは後日。。。
展示は志段味の調査成果を中心に古墳時代を概観。前期の東谷山の3古墳と白鳥塚、中期〜後期の志段味大塚などのホタテ貝式古墳、〜終末期の東谷山古墳群(群集墳)と志段味の調査だけでも十分概観できるところに、いわゆる大ナゴヤ古墳群の八幡山、大須二子山、断夫山や、墳丘が存在したのか疑問が残るが北名古屋の能田旭古墳、最後の前方後円墳になるのか? 小幡茶臼山古墳などで補強している。
志段味大塚古墳に関連して他地域のホタテ貝古墳。
大ナゴヤ古墳群の被葬者が造営主体かもしれない名古屋市域の集落遺跡・伊勢山中学校遺跡など熱田台地のヘリの所の遺跡群、春日井の古窯、味美古墳群。
少し主観的でとっ散らかった感じになってしまったが、博物館へ行って現物を見た方がしっくりくるだろう。
常設展示のフリールームも古墳時代関連なので常設展もオススメ。
もし疲れて力が出なければ、常設展示の全てを見る必要はないし、お気に入りの展示があればお気に入りの場所と、注目の資料として池禅尼(和久井映見さん)の経塚といわれる大御堂寺の資料は大河関連なので注目、あとフリールーム、フリールームの隣の甲冑の展示は『へうげもの』関連、加藤清正(具志堅用高さん)にまつわる伝説のある甲冑が展示されていた。
2012年04月22日
2題
安土城考古博物館
湖(うみ)を見つめた王
−継体大王と琵琶湖−
個人的には副題が悪い意味で足を引っ張っているでは? という展示。
湖を見つめた王は在地の首長でもいいはずで、実際、水運や漁労の利権は、そのような在地の首長が握っていたのではないだろうか?
そう考えた時に、滋賀県内の古墳のレビューとクロニクルは貴重で、そのしばりとして時代を古墳時代中期後半から後期中頃までに限定してという意味で継体大王の名前が登場するに過ぎない。
展示自体は、滋賀県内の古墳のレビューとクロニクル、若狭の古墳、尾張系埴輪、水運としての船の説明と充実した内容。
特に注目したいのは、埴輪棺として使用されたとされる越前塚遺跡の円筒埴輪棺。東海地域で考えたら、この法量の埴輪は110m前後以上の盟主墓に使用されるのではないだろうか?
埴輪棺という特殊な用途であることはあれ、この法量の埴輪を作れるという技術・情報は継体大王という個人名を出すことなく、滋賀県内の首長がなんらかの盟主の支配の中で水運・交易あるいは漁労の利権を安堵されていたことを感じさせる。
逆に言って、この時代の滋賀県内の水稲の生産力って、どの程度なんだろう? 電車での道すがら、河岸段丘というのか、水田のフラットな面から川の水面まで、高さがあるんだよね。農閑期で水位が低いだけなのかもしれないけど、水田より畑作の方がむいてるようにも思うんだよね。
まあ、神話的といわれかねないが歴史書が記すように継体大王の擁立には、滋賀や福井の豪族の協調が欠くべからざる存在であったのは特筆を要しない事実であったであろうし、滋賀県内の埴輪を見ても、多彩な地域性が見て取れるという、それが遺跡を中心にして間近に見られるのは貴重な体験。
大津市歴史博物館
ミニ企画展
大津絵大図解
常設展示内のコーナー展示だが、大津絵の主要な画題を詳細なキャプションによって説明している。
大津絵はヘタウマ系の江戸時代にブームを起こした大津を中心に売られた絵画。低価格であったことからか庶民の土産物として定着していく。
「鬼念仏」という赤鬼がお腹に鉦(しょう)をたずさえた画題が有名なのではないだろうか?
大津絵の入門として整った展示。
2012年04月16日
3題
奈良国立博物館
解脱上人貞慶
−鎌倉仏教の本流−
新館東館と新館西館の1室を使った展示。観覧券で西館となら仏像館の常設展示も見られるので、ある意味、お得感がある。
この特別展は、是非、音声ガイドを借りて欲しい。なぜなら、貞慶という人は、多くの法会の式次第である『〇〇講式』と呼ばれるような著述を残していて、その願文は、一種の迫力のある文章。展示の都合で願文を全て展示することもできないし、短い時間に原文で、それを読解するのは特殊な能力が必要になる。
それが音声ガイドでは歯切れのよいテンポある現代語訳で楽しめるようになっている。音声ガイドと展示のコラボレーションとして、1つの到達点にあると思う。
貞慶を一言で説明するのは難しい。一番カンタンに説明してしまえば『大河ドラマ 清盛』で阿部サダヲさんが演じる信西の孫というと、一番近しいのではないだろうか?
業績からいえば、大河の次の時代くらいに興福寺を中心に南都の復興に尽力した人。ある程度、復興が終わると南山城の笠置寺や海住山寺に隠棲してしまう、隠棲後も著述活動をしているんぢゃないのか?
貞慶没後には、その隠棲の姿からか自戒の僧の集合名詞として活躍する。最もポピュラーなのは『太平記』・謡曲『第六天』の中で〈魔〉と対峙して調伏をはたす姿は一種のファンタジーとして貞慶の超人性を語る説話が創造される。まあ、今回は展示としてはない部分なんだけど。。。
展示内容は要約するより展示そのものや『図録』で確認して欲しい。
当然、仏像は慶派、快慶、快慶一派と、この時代の一流の作家の手によるもの海住山寺の四天王像は小像ながら、仏像をつくる方針となる儀軌(ぎき)的にも、重源の復興した復興大仏殿に作られた四天王と共通するとされる。(ここの音声ガイドがいささかややこしい。形式差による順序より南都で共通の儀軌が採用され、それが『興福寺奏状』などの確執があっても保持されたことを強調するべきなのでは?)
貞慶という人物自体に少し地味さを感じる向きもあるかもしれないが、展示方針、展示内容ともに当代一流のキュレーション。これからも規模は関係なくこういう学芸活動をおこなえる場を提供することは博物館の展示水準を維持するために必要なのではないだろうか?
そうそう、なら仏像館の図録がマイナーチェンジしてた。行快の降三世明王の図録化は価値があるが、マイナーチェンジのたびに買い換える経済的余裕が僕にはない。個人的には、なら仏像館の図録は館蔵品と小牧・正眼寺の誕生仏など常時、鑑賞できる仏像を中心にして、期間で変わる仏像は割高でも四つ折りのA4(博物館だよりのような体裁)とかのリーフレットや極個人的には絵はがきで構わないと思う。あとは動線の問題だよね。新館見てショップよってなら仏像館へ行って感動して、引き返して図録買うのはマイナーといわざるを得ないのではないだろうか? なんか、いい方法があればね。
奈良県立美術館
光と影のファンタジー
藤城清治 影絵展
最近でいえば太田光さんの『マボロシの鳥』を絵本にしたことで、さらに注目を集めるようになったのではないだろうか?
『マボロシの鳥』は読んだことがないが、影絵のあの男の表情と、太田さんのトリッキーなテレビでの表情があいまって、すぐれた作品であることは判断できる。
本当に前知識なしで、影絵が美しいと言うこと以上に、ストリーが立ち現れて、我々を感動させてくれる。
キャプションも紙芝居の裏のように番号とカンタンな説明が示されていて、見る側に便利になっている。
ああ、そうそう、この奈良県立美術館と奈良国立博物館、入江泰吉記念奈良市写真美術館の3館は、いずれかの半券を見せることで団体割引がきく。
写真美術館は新薬師寺のそばで1度は訪れておきたい美術館、奈良国立博物館もなら仏像館など常設展示だけの観覧も可能なので、鑑賞計画を検討の余地アリ。
天理大学附属 天理参考館
大布留遺跡展−物部氏の拠点集落を掘る−
個人的には物部氏って尾張氏の部曲なんぢゃないかと思う。だから、石上神宮への奉斎がいつから始まるか? とか、5世紀の布留遺跡の造営主体が誰なのか? とか、今の時点では意味不明。
『記紀』に武内宿禰という人が出てくるんだけど、この人の実在は疑われている。丁度、神功皇后から応神天皇の時代の人なのか?
『先代旧事本紀』「天孫本紀」によると、この時代は建稲種とか尾綱根という尾張系の人物が活躍していたとされる。
欽明天皇が尾張氏の活躍を抹殺したのか、太安万侶が記紀のアウトラインを正当化するために尾張氏の活躍を自重したのかはよく解らないけど、なんらかの作為があって、5世紀の尾張氏の活躍については隠されている可能性がある。
5世紀の布留遺跡の造営主体は東大寺山古墳の被葬者の後裔と考えるのが適切なのではないだろうか? 和邇氏になるのか?
2012年04月08日
榊莫山展
三重県立美術館
榊莫山展
以前、伊賀に出身の人が「榊莫山さんは当たり前にすごい人で、全国的にどの程度、スゴいのか判らない」という話をされていて、そういうものかと思った。
榊莫山のような生き様の人が、スゴいのかスゴくないのかは、意見の分かれるところで、例えば荻須高徳のように、パリを第2の故郷にして骨を埋めるような生き方、故郷を離れて大成して、その状態をキープしている人を高く評価するのは、どの地域も意外に同じなのではないだろうか?
ところが榊莫山の場合、中央での大成のあと、故郷の伊賀での閑居の生活が長く続いている人を、どう評価するのかは、地域思想的な地域の歴史と文化的背景が強く影響をしている。
「あの人は中央から負けて帰ってきた」とヒキコモリあつかいする地域も少なくない。
個人的な印象的背景として、「よかいち」というお酒のCMや近鉄のデラックスシートのCM、土という字を、独特の筆致で書いているドキュメンタリーなど印象深い人物が榊莫山という人。
作風は王羲之調というのか楷書のスゴいのを12歳とか、本当に若い時に極めていて、あとはダサウマ的な「ひゃ〜〜ん」とした作風。
書というものを、市民に広めた人を失うことは、大きく悔やまれるが、それを契機に作品の保存・研究に着手され、多くの人々の目に触れられる機会は貴重。
何も前知識のなくても、しっかり見られるが、寒山拾得、松尾芭蕉など、前知識があると、ホントにエロい展示。
2012年03月26日
2題
名古屋市博物館
テーマ10
法然上人絵伝
常設展示内の1コーナーに「伊藤家本 法然上人絵伝」を展示。
江戸の中頃の作品だが保存状態がよく高僧伝絵の入門には最適。解説もパネルで各場面の説明をしており法然のあらかたの生涯が頭に入っていれば、なお楽しめる。
当麻寺本系の四十八巻伝の絵の部分を抜き書きしたのでは? と考えられている。
名古屋市博物館
フリールーム
常滑の近代陶芸家 井上楊南
常設展示内フリールーム。
常滑焼というと朱泥の急須というイメーヂの礎を作った人なのかな?
作品は多彩で、茶道で使う茶碗などの茶道具から急須まで。
個人的には唐草肉彫花瓶がオススメ。
PARAMITA museum パラミタミュージアム
小田朝繁(おだともしげ) 油彩仏像画展
−慈悲とゆすらぎへの誘い−
無料のギャラリーの展示だが仏像好きにはオススメ。
奈良を中心に古寺の古仏に取材した作品群。
あと2日なので時間のある方は、どうぞ。
PARAMITA museum パラミタミュージアム
開館10周年記念 特別企画
真宗高田派本山専修寺
開山聖人750回遠忌報恩大法会記念展
2階のロビーまで駆使したガッツリした展示。
展示のストーリーに関係なく2つに大別してしまえば、仏像や絵巻などの仏教宝物編と茶道具になるのではないだろうか?
期間が3分割されていて、けっこうガッツリしたものが展示替えになってるので注目したい。
あと、注目は最近発見された知多の大御堂寺の快慶作阿弥陀如来が特別出陳されている。まあ、個人的には修理銘とされている年代頃の作なのでは? と考えているが、ここで快慶・非快慶を論じるより実際を見てもらって、各人の判断に任せたい所。
茶道具で注目は利休作とされる茶杓が1本、「圓猷上人御筆茶人伝来書」という掛け軸に「古田織部」の名前が見える。利休七哲の享受史と言ったところか。
個人的に注目したいのは津市の上宮寺の曾我蕭作の小野妹子・迹見赤檮図。上宮寺という聖徳太子伝説の寺に即した人選もさることながら、とにかくセクシーな曾我蕭白の作品。
2012年03月19日
3題
名古屋市科学館(伏見)
OCEAN(オーシャン)!
海はモンスターでいっぱい
改修後、初めての名古屋市科学館。当日券は数に限りがあって、その日は10時頃には当日券が完売し入場制限がかけられていた。
何らかのかたちで前売り券を購入しておくことをオススメしたい。
っていうか、豊橋市自然史博物館や四日市市立博物館のプラネタリウム、大垣市のスイトピアのプラネタリウムなど、比較的、混まない代替施設が皆無ではないので、特別展、目当てなら仕方がないが、科学館通は、まだ、様子見なんだろうな。
特別展は「海」をテーマに現生生物を中心に海での生活誌を特集する「海にくらす」と「6億年海のニュース」と題された化石を中心にした展示の2部立て。
音声ガイドも大人向け子供向けが用意されている。おしむらくはカップルイヤホン的な親子で一緒になって聞けるような工夫があると音声ガイドの相乗効果が増すような気がするが。まあ、展示の内容にそって音声ガイドの内容も工夫されているので時間に余裕があれば、是非借りたい。
常設展は生命館は1階のマプサウルスは以前、企画展示されてたヤツか? 目立った改修はないのではないか?
理工館、天文館の新しい展示で、個人的に押したいのは、3階の元素の周期律表。表と言っても、元素の代表する化合物が展示されている。この手の化学に特化した展示内容は管見、近隣の科学館ではないのでは? いや、産業館をあまり見ていないので、ひょっとしたら企業の産業館にはあるのかも。分子模型も好き。
でんきの科学館
震災以来、なかなかおおっぴらにレコメンドできないんだけど、結構、固定客が多いようで、思った以上に人の入りがあった。
名古屋市科学館からあぶれてしまったら、名古屋市科学館のミュージアムショップによってから、でんきの科学館をオススメ。
2階が岩石といろんな発電装置の展示。3階が発電と送電の展示、もちろん原子力発電所の説明、模型もあるので心臓の弱い人には、あまり、おすすめできないのかな? 4階に視覚についての展示、トリックアートとレンズの展示とエコ。レンズの展示は地味だけど、屈折とか全反射が体感できて個人的には好き。
名古屋市科学館も、そうだけど美術館が「静」の展示だとすると科学館は「躁(そう)」の展示。自分が歳くっただけかもしれないけどW
ヤマザキマザック美術館
初めて観覧。5階に印象派前夜から印象派、エコールドパリまでの手堅い展示。4階がアールヌーボーの家具、ガラス製品が結構な数、集められている。ガラス製品だけを目当てに行っても楽しめる美術館。
科学館が子供・家族連れ向きなら、ヤマザキマザック美術館は当たり前だが、大人・カップル向けかな?
音声ガイドが無料で借りれるのでオススメ。多少、収録点数に偏りがあるので、前半は気に入った作品のみを聞くようにした方が、途中で音声ガイドを投げ出さなくてすむのでは? 長めのうんちくにあふれる音声ガイド。
2012年02月19日
マリー・ローランサンとその時代
一宮市三岸節子記念美術館(旧・尾西)
マリー・ローランサンとその時代
-巴里に魅せられた画家たち-
巡回展なので、この時期にしては出色の展示。
1階にマリー・ローランサン、2階1室にその時代の他の作家、2階2室に常設の三岸節子の桜関連。
まずはマリー・ローランサンの画風が好きなのか。好きなら絶対にオススメ。作風の変遷も判るようになっているが、作風が固定化した時期の作品が多く集められている。
その時代は、お気に入りの作家を見つけるいい機会。小磯良平、押し。佐伯祐三の「扉」。荻須は作風の判る数点が展示されている。三岸節子は常設展示の方に「さいたさいた桜がさいた」
2012年02月18日
碧南をほっつき歩く
碧南市藤井達吉現代美術館
遙かなる衣ヶ浦のみなと
-海運と産業の歴史-
衣浦港というのか? 碧南・高浜・知多半田の周辺の港を衣浦港と呼ぶらしい。その歴史に関する展示。
歴史的には衣ヶ浦(ころもがうら)と呼ぶらしい。
海上交通に関する基礎知識、弁天船や海図などから、流通させる産物。
近代以降の衣ヶ浦の発展と地形の改変など。
2階が、この企画展示で、1階が藤井達吉の愛知県美術館所蔵になる『梅百題』を何回かに分けて展示している。この季節に丁度いい展示。
地下が落雁の木型の展示。慶事・仏事の引き物に以前は木型でかたどられた落雁を出すことが多かった。
と言っても、20年ほど前に形式的に形になった袋に砂糖が入ったモノを見たのが最後なのかな?
落雁の木型が使われたのは、その以前の話。
民藝というか芸術品的な側面からも展示がねられている。
清沢満之記念館
http://www.manshi.com/
たまたま、現代美術館を出たところで看板を見つけて立ち寄る。
清沢満之は近代の真宗の中興の祖的な存在であるのは知っていたが、碧南の西方寺との関係は無知識だった。
清沢満之は名古屋の生まれで、西方寺の清沢家に養子に入った人、終焉の地が碧南になる。
記念館は清沢満之の蔵書・著作の文庫的な側面が強い。西方寺の書院で清沢満之が生活していたようで、お願いすると案内までしてくれる。
碧南海浜水族館
僕の博物館体験の原点であるにもかかわらず、久しく来てなかったのが、この水族館。
なんか感覚的に車で行ったところには電車では行けないような感覚があるんだよね。
こぢんまりとした水族館と科学館がセットになった施設。冬場なので、みんなじっとしていた。
碧南市ものづくりセンター
瓦の型 展
近現代の桟瓦を作るための型の展示。
巴瓦(軒先瓦の丸の部分)の型が何種類か展示されてるのが見どころかな?
藤文は上下逆だった。
あと、碧南で行ってみたい、行っておきたいところは、
へきなんたんトピア
http://www.chuden.co.jp/hekinan-pr/
かな? 少し駅からは遠いのかな?
2012年02月12日
うつし、うつくし
愛知県美術館(栄)
うつし、うつくし (所蔵作品展)
まあ、所蔵作品展なので「うつし、うつくし」というテーマに関係なく「そうそう、これこれ!」的な再会の場としても楽しめる。
〈うつし〉ということが表現とか美術に関連すると言うことは、例えば、ツイッターのRT(リツイート)という行為が、複製(コピー)であるのと同時に、自己表現という側面が存在すめことに気づかされるだろう。
つまり、〈うつす〉という行為そのものが〈編集〉的な知的営為の産物であることを示す。
まあ、観念的には、そういうことになるが、そう難しく考える事なのかな?
個人的には川瀬巴水の作品群、片岡珠子の面構、杉本健吉の『新・平家物語』がオススメ。
おしむらくは、ネットに「うつし、うつくし」展の展示一覧がない、来て見てびっくりという趣向なのだろうが、作家や作品にはファンがいるから、公開して欲しい派だな。
2012年02月05日
暮らしの中の民具~竹細工
一宮市博物館
暮らしの中の民具~竹細工
この時期の民具に関する教育展示の一環と考えたらヤケドします!
竹細工の編み方、考古学的な出土例から縄文、弥生、古墳早期、中世の遺物をひろく集めている、近世は文字資料も含めて一宮市瀬部の事例を説明。
もちろん、民俗学的な伝統工芸や民藝としての竹細工を作り方、地域による形式、用途、材質の違いを展示。
豊田の木製品と双璧をなす竹細工の見本市。
おしむらくは性海寺の華籠だな。図録に参考資料程度でいいから紹介して欲しかった。
http://www.city.inazawa.aichi.jp/ka_annai/syougai/bunkazai/data/050.html
図録も充実していて、ありがたい。
図録は「くらしの道具」編も必見。農家の間取りは民俗学的な調査から、類型ができているのだが、これの概説書で、なかなかいいのが見つからないが、それにぴったりの本。
まあ、毎年の蓄積から、このような優れた展示が生まれるのだろうが、せっかく見るのであれば、一宮市博物館はオススメ。
3題
☆奈良県立美術館
やまとの地宝
中国でおこなわれた「日本考古展」の帰国記念展。
注目は黒塚の鏡と藤ノ木の復元品、新沢千塚の品々と言ったところか?
展示は第1部で日本考古学の通史、第2部が中国など海外との文物の流通、第3部が入江泰吉の写真を中心にした展示。図録は第3部、割愛。
橿原考古学研究所附属博物館の常設展示はストーリー的にも展示品的にも1等の奈良県の考古学の資料だが、そこに収まりきらない、アナザ・ストーリーといった所ではないだろうか?
より深く学びたい人向け。
音声ガイドも、鏡の背面の文様の細説など、展示品の1つ1つを、より細かく見るのに役に立つ情報が充実している。もちろんストーリーも追えるのでオススメ。展示位置の関係で多少内容が前後するが、、、
大阪歴史博物館
特集展示
摂河泉の古瓦
常設展示内、なにわ考古学研究所の隣にある特集展示室での展示。特集展示としながら結構な点数の瓦が並べられている。
展示の中心は平安時代から中世の瓦。どうしても古瓦というと、創建期の瓦が注目され飛鳥から奈良時代の瓦が注目されるが、平安から中世の瓦も当然存在するわけで、これからさらに注目されていくであろう分野。
和泉国では熊野詣での流行に応じて平安後期の造寺・改修がさかんになるという法勝寺の瓦を彷彿とさせる宝塔文の鐙瓦の使われる寺院もある。
あと、展示で注目されるのは場所は大和の生駒になるのだが、忍性を中心とした西大寺派の活躍の中で使用された五輪塔の刻印のある瓦。
見方を変えれば、非常にエキサイティングな展示。
おしむらくは、キャプションや目録の年代観が、少しおおざっぱに過ぎるきらいがある。そこは、鑑賞者の知識を多少必要とするかもしれない。まあ、もの見て判断した数値の方が実年代に近いのではって感じ。
大阪歴史博物館
柳宗悦展
-暮らしへの眼差し-
柳宗悦と、その息子の柳宗理の展示。宗悦と言えば民藝だが、宗理は一言で言えばモダンなデザイン。まあ、中心は宗悦の活動にあるのだが。
棟方志功や芹沢銈介を下調べしておくと、なお楽しいのかもしれない。
余談だが、旧・大阪市立博物館の図録がミュージアムショップにあった。
最近、再開発というか新名物構想でニュースになっていたが、大阪歴史博物館の前身が存在していたのは、恥ずかしながら、ニュースで報道されるまで知らなかった。
2012年02月01日
ケヤキが語る2000年
豊田市郷土資料館
ケヤキが語る2000年−弥生・古墳時代の木の文化−
豊田市にはえていたケヤキの精霊「ケヤじい」のモノローグ。
木製品の加工と加工具、農耕具、建材、機織、ハレ、保存。
木製品だけでなく、制作過程の解る未製品も多く展示されている。
おしむらくは弥生中期までと弥生後期からに線を引いて「じいさんの時代」「おやじの時代」を年表に書き込んで欲しかった。
木製品の時代区分と言う意味で、文化史的な区分として一石を投じれるのでは? 「弥生時代」「古墳時代」というのは弁別の1パターンにすぎない。
2012年01月22日
2題
愛知県陶磁資料館
龍泉窯青磁展
青磁というと中世の中国との交易品として、指紋的に注目される品物の一つ。青磁というと「龍泉窯」というのも係り結び的なイメーヂの密着度がある。
『へうげもの名品名席』で紹介されたマスプロ美術館蔵の銘「鎹(かすがい)」が展示されている。この前、紹介された高台があって脚が浮くような「千鳥」の形式の香炉(東博蔵)も展示されていて、そういう意味でも楽しめる。
『平清盛』でも瀬戸内海航路の掌握は、中国からの青磁の輸入として結実するのだから、そういう観点からも楽しめるだろう。
まあ、それ以上に、青磁特有のぬめっとした青白色〜緑色は、なんの前知識もなしに美しいと感じ、みとれる存在感がある。
名古屋市博物館
特別展
世界遺産 ヴェネツィア展
~魅惑の芸術・千年の都~
ヴェネツィアというと国際芸術祭や映画の街というイメーヂが強いが、イタリアの東側の付け根に位置していて、ヴェネツィアからギリシャに至るような海をアドリア海と呼んでいて『紅の豚』の舞台になったりする、風光明媚な海上都市といった感じ。
ヴェネツィア・ガラス、あのレースガラスを見にいくだけでも一見の価値がある。
展示はおよそ3部立てで、地勢、人々、ルネサンスの3部になるのか?
音声ガイドは、いささか説明が長いが、展示のストーリーに沿って知識ゼロからヴェネツィアが立ち現れてくる。端末も絵入りのガイダンスシートをタッチするだけの混まない会場では感覚的に使いやすい端末。ただ、音声ガイドの終了のポイントがつかみづらい。次の段落が始まり出す時に、次のガイドをタッチしてしまったり。。。
2011年11月20日
2題
タルイピアセンター(垂井町)
郷土の武将 竹中半兵衛
およそ史実編と創作編に分かれる。まあ、史実編と言いつつ、相当に創作的な脚色のある資料もちらほら。
1番の注目は鐙。全体に巴文を配して、バックルの下に九曜のすかし。確かに腐食は著しいものの、優品と判る姿。
常設展にも竹中半兵衛関係の展示があり。参考にしたい。
岐阜県図書館
復刻・拡大版 御江戸大絵図(『ブラタモリ』)
http://www.library.pref.gifu.lg.jp/event/kyodaikotizu.htm
『ブラタモリ』の「御江戸大絵図」が展示されていると言うことで、時間が少し経っているので、半信半疑で行く。
まあ、地図自体は、江戸時代の庶民の観光目的の絵地図なのでは? 江戸の年中行事の記載があったり、武家屋敷の囲いが持ち主の名前だけだったり。
イラレなのかな? キレイにトレースされていて、拡大されていても遜色のない仕上がり。
近隣にいるのなら、見ない手はない!
2011年11月13日
名古屋3題
名古屋市博物館
狂言でござる-狂言共同社と尾張の狂言
狂言でござる見てきました狂言でござる、いや本当!
和泉流というとワイドショー的に宗家が取り上げられるが名古屋の狂言共同社は注目したい。芸所としてのナゴヤが歴史と文化財から、きちんと描かれている。
能狂言というと、どうしても取っつきにくいというイメーヂがあるが、野村萬斎さんの影響で、狂言もだいぶ市民権を得てきている。
衣装はもちろんだが、狂言ではあまり使わないとされるお面が結構な数、展示されており、能面との比較もあり、狂言面特有の親しみやすさがある。
音声ガイドはカセットミュージアム。展示位置と解説の時間がねられていて、ストレスなく音声ガイドが入ってくる。多少気になったのは、音声ガイド出だしの「これは」。丁寧に作品名を再びあげるか、トッた方が聞きやすいのでは?
愛知県美術館(栄)
ジャクソン・ポロック展
http://pollock100.com/
震災の影響も有りなぜこの時期に関係各所に迷惑をかけながら日本での回顧展を行わなければならないかは意味不明。
きちんと仕切り直して関係各所が納得がいくカタチでの借用の雰囲気ができあがるまで待つべきでは? それができないネームバリューなり日本での信奉があったと見るべきか?
展覧会に行く前に作風を確認しておきたい。ポロックをみるには教養と盲目が必要。
それまでのアカデミズムを解体したのが印象派で、その次がピカソ。鏡に映したような肖像画を好んでいたのが、あの色彩の洪水の印象派をどう受け取ったのか? そこには現在のアートの氾濫からはみたら考えられない衝撃があったのが理解できるだろう。
その印象派を過去のモノにしたのがピカソで、あのゲルニカに代表されるキュビスムにも破壊力があったのが判るだろう。
そのピカソを過去のモノにしたのがポロックと言えば、ポロックの作風の衝撃を説明できるだろうか?
ただ美術的作品というより歴史的資料。
常設にも関連展示というか、愛知県美術館は現代アートのメッカでもあるので、ある程度、ポロック展に対峙できるだけの常設展はできる。
常設展は制作年代に注目して欲しい。ポロック以後の70年にどういう芸術運動がおこったのか、現代の日本のアートを牽引する奈良美智氏や森村泰昌氏がどう新しいかも感覚的につかめると思う。
まあ「恋する静物画」や「狂言展」をみて余裕がある方や、作風がとてつもなく好きという人にはオススメ。
音声ガイドはアートアンドバーン。石井竜也氏は芸術家としても有名で、ぴったりの人選。端末が、海外仕様なので、端末本体にスピーカーが。それにイヤホンをつける必要性はあるのか? デジタルの液晶でいいので何番を再生中かが視覚化できると、よりいいのに。
名古屋市美術館(伏見)
中村正義展
ふらふらと常設展示めぐりをしていると、時々出会う作家、というと失礼か。
写生的な風景画と、前衛的な抽象画に近い人物画を年代を見ると、交互に描いているようで、大変、興味深い。
常設展、第2室の平家物語関連の作品は、本当にスゴい。
おしむべきは、作品一覧・目録がないこと。作ったら作ったで大量にあまるのかもしれないし、日に何枚出て、だいたい何枚はけるか判りそうなものだが、それ以上に台所がひっ迫しているというところか。
2011年11月06日
近江3題
安土城考古博物館
武将が縋(すが)った神仏たち
勝軍地蔵、妙見菩薩、宇賀弁財天など異神とカテゴライズされそうな武運長久を祈る尊像を全国から広く集めている。
よみうりランドの妙見菩薩、誰の押し仏だったっけ? 尊星王を生で見れるのは貴重。最近の論考なので注目を集めている四天王像も展示されている。
図録は参考図版がてんこ盛り! カラー図版16ページと豊富でリーズナブルな作り。
同時に神像の発展史、武将像の神格化を概説。
おしむらくは「僧形八幡神影向図」を中心にすえるようなカタチで近江の平安時代の神像がメインの展示や山王曼荼羅と豊国大明神像を並べて、その荘厳の相似を提示するような展示を単独でやって欲しい。
そうか秀吉は日吉丸で豊国大明神像の成立に山王曼荼羅というのが、なんか関係しているのかもしれない。あとは、日蓮系の肖像画だよね。
大津市歴史博物館
神仏います近江 日吉の神と祭
今年の秋、滋賀県で開催される、信楽・瀬田・大津の3館連係の展示。大津の会場は大津市歴史博物館。ちなみに安土、栗東でも仏教美術に関連した展覧会が開催されるもよう。3館だけでなく周辺も要チェック!
3館の中では一番オススメ!
およそ3部構成で、前編で平安時代の神像を広く集め、中編で山王曼荼羅と典籍としての資料、後編で日吉の祭を大まかには展示している。
軽く山王曼荼羅を展示種別に列記しておくと、まずは宮曼荼羅、日吉山王の地形を鳥瞰的に表して境内のたてものの様子を示したり、本地仏を地形に沿って示している。次に本地曼荼羅、段に几帳の中に神の化身としての仏を整然と配置する。曼荼羅によって配置する尊像の数も異なる。最後に垂迹神曼荼羅、本地曼荼羅の仏が男女、聖俗、猿などの神に変換したと考えればよい。
種子曼荼羅もあるが比較的、有名な簡単な種子が多いので解読に挑戦しては?
栗東歴史民俗博物館
仏教美術の名品
1点あげれば「聖徳太子和朝先徳高僧連坐像」。画幅下段に聖徳太子を配置し、上段に真向きの源信(恵心)、右向きの源空(法然)、左向きの親鸞を描き、縁者を連続して描く「釈明□」という明の係字の人が多い。
連坐像は蓮如以前に親鸞直系の以外の信者の間でおこなわれていたと考えられており、蓮如、実如の関連する図像が多く展示されているが、それ以前の真宗の存在をにおわせる。
2011年10月30日
3題
奈良国立博物館
第63回 正倉院展
別にウチが多くを語る必要はないんだけどね。
初日だったからか例年に比べて、待ち時間が短かった。
12時のボランティア解説に10分遅れくらいで入って、華鬘以後の解説を聞く。音声ガイドは、ジュニア仕様を借りたが、大人向けと遜色ない内容の解説なのでは? ただ、正倉院展で35分の解説は長すぎる。フルで聴いても返却口で立ち聞きする時間が出る。
みんなそういう風にならないところを見ると、一部しか聴いてないか、悪く言えば、どっかで諦めてしまっていないか? それでは音声ガイドはもったいない。
個人的には解説ボランティアを有料にするかして、音声ガイド会社に仕切らせたらいいのでは? 正倉院展に限定してしまえば。
いかん! 出陳品の話をせねば。
60回で一巡のハズだが63回でも初出陳がある。
聖武の袈裟や蘭奢待も重要だが天武期からの伝来ではと思わせる御物も多い金銀鈿荘唐大刀や十二支八卦背円鏡なんか。柄香炉は聖徳太子の遺愛品とかでは?
大刀の飾り金具なんかが、高松塚の大刀に非常に近似したカタチで、聖武から50年ほど前の7世紀末までは十分に上げられる円鏡の四神も、よく言われることだろうが、キトラ、高松塚、薬師寺の台座と共通の意匠で、このような世界観が天武の意思により形成された可能性は十分、考えられよう。
ただ、天武期から天皇家に伝世したモノが、なぜ東大寺に献納されたのかは十分議論されなければならないことではないか? 聖武までは、それらの宝物が天皇を天皇たらしめるレガリアであったモノが、その意味が消失したのだろうか?
なら仏像館(奈良国立博物館・本館)
ピカ一の1点をあげれば、金剛寺の降三世明王。中央展示室から、展示室に入ると睨まれるの。しかも、で、デカい!
一般の降三世明王と異なり一面二臂像に作られ、中尊の大日如来、右脇侍の不動明王に釣り合うように瑟瑟座に座る。そのイコノグラフの幻惑が、さらに、この尊像の畏怖感を強調している。後背の火炎の造形もすばらしい。
東大寺ミュージアム
開館記念 特別展
奈良時代の東大寺
第I期〜第VI期に分けて展示替えをおこなうそう。
法華堂(三月堂)の改修にあわせて、中尊の不空羂索観音、脇侍の塑像の日光・月光菩薩が公開されている。
不空羂索観音は宝冠や後背など荘厳具は一切つけていない珍しい姿。法華堂では遠目になるがミュージアムでは間近にみられる。この機会に1度は訪れておきたい。
ただ注意したいのは「東大寺の考古学」のセクションは、十分、それより前を楽しんでから、見なければならない。あんなトラップが仕掛けられているとは・・・
音声ガイドも内容豊富。個人的にはトラック3を聞き終わるまでに、東大寺の考古学まで来てしまった。15トラックあるので、不空羂索観音の前のベンチに座ってずっと聞いていた。隠しトラックというか補助説明もあって楽しい。端末も新しくカラー液晶を搭載していて、展示替えの案内や、用語を図示して説明しているなど、IT的にも興味を引く。
2011年10月22日
4題
岡崎市美術博物館(中央総合公園内)
三河浄土宗寺院の名宝
大きく歴史編と美術編に分かれる。歴史編は禁制のような支配関連の文書が多く集められているので、興味のある方は、その手の準備をしていくとよい。
美術編で興味深いのは「法然上人臨終絵」と題される絵画。釈迦の涅槃図を模して法然の臨終の姿を書くのだが、摩耶夫人の位置に5仏を配置しているのが興味深い。5仏は上段中央に宝冠をいただいた定印の尊像、上段左が来迎印の阿弥陀、下段左が薬師、右が定印の阿弥陀と密教的な五仏とも一概に相似であるとはいいにくい。真宗(浄土教系)にも七高僧のようにマンダラ的な配置を採る画像が多く残されているので、そのような作例との比較は今後の課題なのでは?
知多市歴史民俗博物館 ふゅうとりぃ・ちた
大野谷の文化財
「法然上人臨終絵」の元図とも目される「圓光大師涅槃像(法然上人臨終絵)」が展示されていたので、それだけでも一見の価値あり。
こちらの方が、法然の容姿や衣裳などが儀軌的な法然上人に近い感じがする。上部の5仏については、遠目だったこともあり判然としない。
惜しむべきは「慧可断臂図」を借りてこれなかったのかなぁ?京博改修中だから、案外借りれたのかもと外野は、やかましいことを言う。
熱田神宮宝物館
日本の神話〜近・現代絵画を中心に〜
近現代絵画を使った神話や歴史の展示は最近活発におこなわれているが、神社関連の独自のネットワークがあると見え、レアな作品も少なくない。
それ以上に『熱田神宮本・日本書紀』が結構な関数展示されているのは、注目してよい。
ああ、あんな背紙文書のある典籍なのかと日本紀好きには、これだけで十分満足できる展示。
キャプションでヤマトタケルのことを「オウス」と表記しているので「ヲウス」とするのが本則ではと指摘したら「それは近代的な〈読み〉の問題で兄を「オオウス」ヤマトタケルを「オウス」としている典籍があって、それを持ってきたから間違っていない」と返されてしまった。別に兄は「オオウス」でもいいからヤマトタケルを「ヲウス」としておけば、まぎらわしくないと思うのだが、昨今の研究史にたいして全否定してからのバカ賢い的な学問のモードには疑問符が、、、と、僕ももう古くさい先達なのだ・・・
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
茶碗 今を生きる
長次郎の「ムキ栗」と志野の「住吉」が見れただけで、もう、しあわせ!
『へうげもの』の最大の見どころは自分が現代の芸術領域に、どの程度の見識があるかとの戦いである。
等伯がドット柄を用いるのが「えっ?クサマ風?」とならないと、なんとなく片手落ちな感じがする。
そんな意味で「住吉」は今週の『へうげもの』にぴったりなのだ。
2011年10月17日
飛鳥3題
*奈良県立万葉文化館と橿原考古学研究所附属博物館、飛鳥資料館の3館連携で割引きあり。
橿原考古学研究所附属博物館
仏教伝来
飛鳥寺から頭塔くらいまでの時代の仏教考古学というか、出土品を中心にした展示。
やはり瓦と「土専」仏が中心になるのか? 金属製品のピンセットなんかも集めていた。
現代との連続性から袈裟や香の現代のモノを展示している。
飛鳥資料館(奈良文化財研究所)
飛鳥遺珍−のこされた至宝たち−
東京国立博物館の法隆寺の金銅仏が2点来ている。
他の2館と比べると規模の上で見劣りするので、飛鳥資料館を1番に訪れたい。
どこのどれがレプリカで、どれがどっちの展示だったのもよく解らなくなるくらい、3館に通った展示なので、3館連携という見方で十分満足できる。
金銅仏もいいのだが、漆関連の1階の展示も興味深い。容器に蓄えられるのが、産地からの輸送なのか、使用の便を考えての小分けなのか? も気になる。
奈良県立万葉文化館
大飛鳥展
日本画展示室(右の広い方の部屋)を十分に使った飛鳥の仏教美術を中心にした展示。
飛鳥時代の金銅仏も有名どころが広く集められている、小牧・正眼寺、大阪・野中寺など。あとは飛鳥から都が移動した後の飛鳥に残った寺院の仏像や仏画群。なかなか日の目を見ないテーマだけに興味深い。平安仏や中世〜江戸時代の仏像・仏画。
企画展示室の日本画の展示も幽玄な感じ「蒲生野」が好き。
2011年10月10日
一宮3題
一宮市三岸節子記念美術館(旧・尾西)
佐分眞展
-洋画界を疾走した伝説の画家-
三岸節子
風景画家として-滞欧期-
2階が特別展の佐分眞展、1階が常設のテーマ展示。
一宮市博物館の絹谷幸二展とかけ持ちする場合は、こちらを先に見るのをオススメ。絵画史というか時系列的に前後関係があるので、この方がすっきりする。
佐分は荻須高徳と同じような時期の洋画家。エコール・ド・パリになるのか? 昭和1ケタの時期の作品が多く並べられていた。
描点が大きく、絵画限界が遠くなる輪郭のやわらかい作風。書翰や習作もけっこうな点数、展示されている。
1階の方は個人的に赤い屋根の家の作品群が好き。20歳の自画像に恋しそうになった。故人の過去に恋するだなんて、、、
一宮市尾西歴史民俗資料館
江戸時代の旅
バスがこっち経由しかないから、よってみる。
江戸時代は藩単位の支配体制なので、旅は難しかったのでは? と思っていたが、外国人からすると「旅行好きの民族」とみられるような一面もあるのか。
神社仏閣に対する「おかげ参り」のような現象も確かにあるわな。
道中図、神社仏閣の番付、名所図会など旅の事前準備的なモノから、矢立のような旅路での携行品などが展示されている。
1階の常設展示、別棟の脇本陣とあわせてみれば、江戸時代の旅が立体的に立ち現れてくるのでは?
一宮市博物館
絹谷幸二展
ああ、あのエントランスの壁画の作者なんだ。
ポスターに鼻筋の2つある顔の絵があって、ああピカソのキュビスムの系譜なのかと思ったら、仏像の絵なども手がけておられて、三面大黒と解釈した方が正しいのかもしれない。
色彩の洪水。あふれ出るモチーフの泉。
絵画に留まらず、立体作品も多い。展示室が狭く感じるような詰め込み方。
2011年09月25日
5題
高浜市やきものの里 かわら美術館
長崎歴史文化博物館 収蔵品展
【終了しました】
せっかく紹介するんだから、始まって早い内に見に行かないとな。
ようは出島時代の長崎にまつわる文物の展示。
外国から入ってくるもの、外国に輸出するもの、朝鮮出兵から長崎に連れてこられた工人による陶磁器。
普段は3階は常設展示だが、3階まで企画展に使われていて、けっこう豪華。
春日井市中央公民館 森浩一文庫展示
寺社境内図の版画展
版画の境内図と地誌の関係はなんか気になる。
比較的、早い段階の地誌でも、境内図に付随するような略縁起、境内の建物、什物を列記する仕様は似通っている気がする。
参詣曼荼羅と境内図の関係、地誌と境内図の前後関係など、考え出すと意外に結論が見えない。
一応の現段階でのアウトラインは、絵解きの付随する参詣曼荼羅が高僧伝絵の系譜からつくられ、より簡便に境内図が作成される。境内図に付随する略縁起を集成する目的ももって地誌が編纂されていく。境内図を集成するような名所図会は最後になるのか?
善光寺の大勧進、大本願の位置も気になるな。。。
名古屋ボストン美術館(金山)
恋する静物−静物画の世界 りんごの想い。レモンのこころ。
呼びとめられたものの光
表題から軽い収蔵品展なのかと考えていたが、ガッツリと芯の通った静物画のクロニクルだ。
始まりはオランダ絵画。静物画が市民権を得るのがこの時代であるのは以前に見た。静物画と言えばセザンヌ。セザンヌへどのようにたどり着くのか?
立体物との関係も展示されている。セザンヌ以後、近代・現代の思想的な絵画運動の中で静物画という技法がどのように享受され解釈されていくのか?
音声ガイドが展示順になっていないので、今回ばかりはiPodではなく音声ガイド端末をオススメ。
名古屋都市センター(金山南ビル)
歴史の里(志段味古墳群)
古代歴史ロマンを感じて
パネル展
最初からけんか腰だが、なんで研究史を無視する?
自分の頭で考えて手で触れて、自分なりの考えを出すのは、大切なことで、逆に、この部分が欠けている研究者はゴマンといるから、いい傾向ではあるのだが、以前に誰が何を感じ、どう空想したのか? を説明できないのは、なぜ?
ウチだって、認識の異なることは両論併記してるのに?
まあ保育社のアレに依存していない研究者というのは、実は貴重で応援したいのは当たり前にあるのだが。
と、展示とは全く関係ないな。
ゆとりーとラインの終点が東谷山(とうごくさん)で、周辺に前期〜終末期? までの古墳が点在している。
その志段味(しだみ)古墳群の整備事業が進んでいて、その中間発表的な意味合いのパネル展示。
なるほど時期的に東之宮と青塚茶臼山の中間で規模も115mと「普通の盟主」程度と白鳥塚は考えてもいいのか。
ただ、大須二子山の築造年代は懐疑的。尾張草香の子供といった所か? 草香から大隅まで、尾張氏で突出した人物は少なくとも『日本書紀』には見えない。
『旧事記・天孫本紀』には応神の代から皇室と蜜月の尾張氏というのも描かれている。順番はさておき、鶴舞・八幡山、断夫山、大須二子山の3代は応神から継体の間で収めるのが文献学的に適切なように感じる。
大須二子山の馬具、甲冑についても門外漢だが、6世紀まで下げる必要性を感じない。国産系のはしり的なもので5世紀の中頃(440年代〜450年代)くらいには考えられないのか?
まあ沖の島の、あの杏葉を5世紀末と言ってる人の言うことだから・・・
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
松坂屋創業400周年・松坂屋美術館開館20周年記念
川合玉堂展−描かれた日本の原風景−
なんていうの、ザ・玉堂という作品は牧歌的な風景の中に、なんかピンと琴線が張られているような感じ。
まあ、その作風が好きか嫌いかになるのではないか?
しかし、どうも初期の作品と晩年の作品に、その作風に入らないものが何点かあるらしい。
若い頃の作品は、松をうわっと勢いよく描いたり、詩人の透徹としたまなざしを描き出したり、青さとは異なる若々しさがみなぎるような作品があった。
晩年の作品は、今流に言うと、ヘタウマの妙。琴線のカケラもないような感じ。
「ああ玉堂でしょ」と思う向きにも再発見できる作品があるかも、オススメ。
2011年09月19日
4題
滋賀県立近代美術館
神仏います近江 祈りの国・近江の仏像
-古代から中世へ-
今年の秋、滋賀県で開催される、信楽・瀬田・大津の3館連係の展示。瀬田の会場は滋賀県立近代美術館。ちなみに安土、栗東でも仏教美術に関連した展覧会が開催されるもよう。3館だけでなく周辺も要チェック! 彦根城は12月に阿弥陀信仰のテーマ展。
平安〜鎌倉時代の仏像に焦点を当てた展示。石山寺の快慶作・大日如来は洗練された美しさがある。
平安仏は意識的に地方仏風の作例を集めている感じ。
平安から戦国時代くらいまでの仏像を、ざっと見られる。仏像好きには必見の展示。
栗東歴史民俗博物館
栗東の歴史風土をさぐる
−金勝寺文化圏の諸像−
瀬田会場の仏像群に比べると洗練された都会性を持った仏像群。金勝寺という現象を周辺の塔頭寺院? の仏像を展示することで浮かび上がらせている。
どうしても、愛知から滋賀県を眺めると地の利がない分、仏像群が記号化するというか、地域のクロニクルの中で、ある特殊な儀軌を選択することによって、仏像が形づくられていることを忘れてしまって、そのカタチだけを眺めるようになってしまう。自戒を込めて。
次回展も仏教美術。
大府市歴史民俗資料館
【終了しました】
命の水を求めて~愛知用水通水50年
愛知用水の通水50周年と言うことでの展示。
パネルを中心にした展示だが、自然科学的な水に関する知識も含められている。
愛知用水概要圖は壮観。精密な水系図も探せば買うこともできそうだが、見慣れていないので興味深く思う。
知多市歴史民俗博物館 ふゅうとりぃ・ちた
知多の農業とかんがい
愛知用水の通水50周年と言うことで、各地で企画展がおこなわれている。パネル展示が中心で、なんかパンフの抜き刷りのようなのだが現物のパンフに巡り会えてない。
http://www.water.go.jp/chubu/aityosui/d%28contents%29/02%2850syunen%29/d_02b/03takasaki/d_02b_03.html
が1番近い気も。図録が作成されていないので、上のサイトか、関連本を、深く学ぶためには探す必要がある。
用水と農業に関わる民具の2本柱。唐鋤は、発掘のあの鋤跡と言われる痕跡をもたらすものなんだよね、多分。
2011年09月12日
2題
MIHO MUSEUM ミホミュージアム
神仏坐(いま)す近江 天台仏教への道−永遠の釈迦を求めて−
今年の秋、滋賀県で開催される、信楽・瀬田・大津の3館連係の展示。信楽の会場はミホミュージアム。ちなみに安土、栗東でも仏教美術に関連した展覧会が開催されるもよう。3館だけでなく周辺も要チェック!
近江ゆかりの最澄にちなんで登場までの仏教の発展史をフィーチャーした展示。釈迦伝、西方浄土、蓮華蔵世界、雑密、純密といった流れ。
音声ガイドが、読みクセが多少あるが、細やかに絵解きされててオススメ。帰りのバスの時間もあるので、気をつけて利用したい。
仏教美術について、まっさらな状態から、感覚的に内容がつかめていく。実際の釈迦、神格化された釈迦、インドの周辺の神々も取り込まれて、薬師、阿弥陀のような釈迦以外の如来。その如来を束ねていくような仏教的世界観。煩悩即菩提的な欲望の肯定という教義の変化。秘密化されたイコノグラフの世界。
まさにエバーグリーンな〈釈迦〉を求める運動の軌跡。
会場出た所に根来の瓶子が1点。室町時代くらいで、そんなに古いものではないが、根来、好きなので、お気に入り。
豊橋市美術博物館
黄金の世紀
古墳の内部施設・副葬品、外部施設の概観から馬越長火塚古墳の出土遺物。棘葉形杏葉を広く集めているのは壮観! 棘葉形杏葉は東海から東国を中心にするアイテム。古墳後期の政治史が立ち現れてきそうな遺物。
まあ、棘葉形の杏葉は尾張草香にまつわる威信財だと考えるから制作年代が50年づつあがる。沖ノ島が一等古くて5世紀後半~6世紀初頭。それにつづいて、馬越長火塚。並べてみると、熱田神宮のは新しい。と言って6世紀中をくだらない。6世紀第2四半期の中では?
藤ノ木の杏葉と見瀬丸山(言い方よくないんだよね)の築造の前後関係、案外、藤ノ木の方が後なのでは? 7世紀までくだらないけど聖徳太子の親代わりの愛用品という年代観。570年代くらいになるか?
杏葉の制作年代に、そのくらいの時間幅を設定しないと形式差が工房の優劣の差だけにならない?それはそれで形式学なのか?
馬越長火塚の被葬者の親が尾張草香の親代わりか右腕のような関係で、被葬者の親に草香から下賜されたものが被葬者に伝世している。案外、被葬者の親は目子媛の乳母なのかも。学者の思考回路ではないな( ̄ー ̄)
2011年08月14日
4題
松坂屋美術館
愛知県立芸術大学 模写研究40年の歩み
国宝・至宝 模写作品展
愛知県立芸術大学はリニモを使えば容易にいけるのだが休日開館が限られているために、という理由をつけて敬遠していた展示。それこそ10年来、見たい展示No.1という不思議な地位を保っていた。
法隆寺壁画、神護寺の画像群、西大寺の十二天、高松塚、奈良・法華寺の阿弥陀三尊、国立博物館の所蔵品と絵画史を考えても、知名度を考えても見ておきたい作品ばかり。
リニモに乗れば容易にたどり着ける所に展示されているのに、活用しないのは、やはり、もったいない。
安城の本證寺の聖徳太子伝だったか? の模写も始めた所という事で、完成すれば安城でも展示されるのかもしれない。少し先の話にはなるが。
原本は掛け軸なのに模写は額装と保存のことも考えられている。
名古屋市博物館 はくぶつかん講座
紺紙に隠れた文書
紺紙金泥の法華経に赤外線をあてたら、紙背文書というか肉眼では見えない文字が書かれていたという話。内容も栄西の次の東大寺大勧進の関連と興味深い。
甚目寺展の青不動にも会えた。
あっ、そうそう、四天王像の年代だが、性海寺の四天王像となんか似てる気がするんだよね。首のホゾの、あのポロっと落ちそうな感じとか。
愛染明王と関連して、須弥山世界の荘厳としてセットでつくられたとかないのかな?
JR名古屋タカシマヤ
さくらももこ
ちびまる子ちゃん展
親鸞聖人が展示されていた空間に、ちびまる子ちゃん。
やはりマンガのカラー原画はきれい。
知名度的に「ちびまる子ちゃん展」になるのだが、コジコジなども展示されている。
名鉄百貨店(本店)
第2回大トリックアート展
せっかくの展示なのに人入れすぎ!
写真撮影OKなので、順路にカメラを持った親が、作品の前に子供が、その前を通ることもできない。
動線と展示をねったり、入場者の制限に工夫が必要なのでは?
体感型の展示なので、直接的に博物館と比べるのは問題があるのかもしれないが、トリックアートはエッシャーなども含めて、美術館も管轄する領域。
観客が多いとか少ないという議論ではなくて、なんか、博物館のインフォメーションに取り入れるべきなんだろうな。
2011年08月07日
2題
斎宮歴史博物館
海をこえてやってきた!
三重県立博物館の館蔵品を中心に海上交通路としての海に焦点をあてた展示。
国図や海路図から海岸線や海路の想定、文物として運ばれる遺跡からの出土品。
伊勢から海を使って三河へ行った持統天皇。
海上安全の祈り、産物としての鯨と、案外にてんこ盛り。
それらの膨大な情報をコンパクトにポイントを押さえて解りやすく展示している。
岐阜市歴史博物館(岐阜公園)
国宝 薬師寺展
破格な特別展。聖観音、吉祥天女像、僧形八幡神像と、国宝がぞくぞく。
1階企画展示室に薬師寺の歴史と什宝。2階に美濃と薬師寺の関係というか壬申の乱にちなんで。加藤栄三・東一記念美術館(金華山ロープウエイ乗り場すぐ)に散華の下絵など、薬師寺に収められた近現代の作品を展示。
聖観音は野中寺の弥勒像が666年で、野中寺像より後出であることは確か。川原寺の瓦との関係も聖観音の方が後でいいのでは? ただ、古くなる要素として、脇から見た時に、衣紋のヒダが単調、あくまで正面からの鑑賞を基準にしている。この制作方法は、飛鳥仏の特徴で、北魏のレリーフ状の作仏の流れをくんでいる。スタイル的には白鳳仏だが、造形において飛鳥の様式を内包している。天武朝段階と考えていいのではないか?と、考えると680〜686年くらいなのかな? ここまで古く見る人も少ないのかな?
岐阜市歴史博物館(岐阜公園)
織部・大数寄(ダイスキ)・コレクション
この夏は黒織部押し! なんていうの、モダンアートと言っても過言ではないくらい洗練された幾何学模様がたまらない。黒という無彩色も、そのモダンさをより引き立てているような。
どうも、「織部」というと、「ハイハイ、アレね」的な予定調和があって、まあ、それもないと、織部ぢゃないんだけどね。
それよりは、信長像、豊国大明神像と展示されているので国盗りに焦点をあてて楽しみたい。
2011年07月30日
3題×2
祖父江町郷土資料館
昔のくらしと夏のくふう
まあ企画展というか玄関に風鈴と企画展示室に蚊帳がつってあるくらいか? あんまりピンと来ない。
せっかく企画展示室があるのに、なんか活用のピントがずれてるんだよな。
ようは祖父江のビジターセンターで昔の道具を衣食住、年中行事に着目して展示してある。ある意味、展示が常設展で完結していて、
逆に牧山や文人に着目するにしても、必ずしもビジターに親切ではない。短冊なり老子の講書なりの実践的な翻刻を変体仮名の存在から説明するような展示をB紙程度にまとめてみてはどうだろう? ああ、あと文人の説明のキャプション字が小さい。14~36ptくらい? 展示ケースあるから印字してみていろいろやらないといけないんだけど。
祖父江支所ギャラリー
いなざわの歴史
一色青海遺跡、尾張国分寺、聖徳太子、涅槃図だったつけ? パネルによるコラム展示。
尾張国分寺の報告書、出てるのか? また買えないのかな? 聞けばよかった。A案、B案並立はいいが、近年のネット上の研究、いわゆる変形寺域論や西院伽藍の可能性についてリジェクトして本当に最終版なのだろうか? あと、北端については、きちんと航空写真から検出可能。考古学だから歴史地理学的手法はとらないというのは潔いが偏屈。
いかん展示と関係ない話をしてるな。なんていうの、パネルによるコラム展示には限界があるという前提が見え透いて気分が悪い!
それこそ「梅鉢文に萌え!」的なコラムってパネル展示に向いてるんだよね。あのまま説明しても小学生でも理解できると思っちゃう人なんで、ハードルが高いか? もっと自分の専門分野でいいからフルスイングして欲しい。
名古屋市博物館
仁王立像修復記念 特別展
甚目寺観音
音声ガイドでは慶派の流れ的な解説をされているが織豊期の典型みたいな仁王像。
この仁王像の年代から考えて、十王の年代も、仁王に非常に近接していると思う。
なんていうの、かわいい系の顔が大きくて頭身数が減るような感じが宿院仏師とか近江の弁天像と共通する。
地元の大工? が中央なのだろうか? 修行を経て仏師として活躍する。信長の焼き討ちブームから秀吉の寄進ブーム的な流れ。
案外、仁王と十王の方が現在の研究段階として熱い! まったく色物という意味ではなく。
愛染明王も語っておくか。造立時期や造立主、納入品、手に施された呪術。全てにおいて恐ろしくなるくらいの凶器というか最終兵器としての愛染明王。
こう書くとオカルト好きと思われるだろうか? いたって、まじめなんだけど・・・
こういうものが甚目寺にも施入され稲沢の性海寺。なぜ二ツ寺神明社のみを福島正則時代まで下げる必要があるのか疑問に思う。神明社の成立を伊藤氏は、さらに明確に言及すべき。オレが掘った遺跡は古墳で県埋文の某が掘るとハズレばかりというのは研究者として真摯的なのだろうか?
質問で補えばよいと考えたのかもしれないが、世の中は、そんなに甘くない! ドイツ式の考古学で、これでもかこれでもかと資料批判を行って、それでも古墳以外は考えられないということは、人にモノを説明するイロハのイなのではないだろうか? そのように重大なことを質問で補えば、あるいは一切考えていないとすれば、扱った資料、報告された内容にもマユにツバをつけなくてはいけなくなる。氏は、多くの知見を無に帰すつもりなのか!
能田旭の墳丘だけでも、一般に考えたって要説明なのだ、二律背反してるから。
と、冬の講演会の感想になってしまった。
織部・大数寄(ダイスキ)・コレクション
名古屋市博物館と徳川美術館に織部作の茶杓が出ていた。
名古屋市博物館は陶器としてのザ織部的な作品を集めていた。
しかし、オススメは実成寺の織田敏定の肖像画。織部よりは時代が前になるが、尾張における肖像画の傑作、信長政権樹立の舞台装置としての織田本宗家というは『へうげもの』見るにも『江』見るにも、あっても損はない知識。
徳川美術館
徳川の姫君
大丸松坂屋から徳川美術館に寄贈があったのは、当たり前にショック。これがクラウンジュエルとしての行動なのか? 不動産の動産化なのか、いまいちつかめていないので、厳しいことは言えないが、収蔵品が散逸していることには変わりがない。
大丸松坂屋コレクションをプレゼンテーションする展示が何回かおこなわれ、再評価も、そろそろという矢先なので、やはりショック。1具の価値、研究され続ける価値、その価値に裏打ちされた信用というプライスレスな存在なんだけどな。
まあ、学芸課が解体とかなって、何も知らずにウエスとかに使われたら身も蓋もないからね。
展示は殿様につづいてお姫様。
名古屋市蓬左文庫
歿後400年 加藤清正の時代
城造りあれこれ
加藤清正も織部や江と同時代の人。朝鮮出兵で虎を倒した人というと逸話だけ聞いた人もいるのかもしれない。なんと、その虎の頭蓋骨が展示されている。
『戦国鍋tv』でも、アイドル歌手として出演していたり、それこそ明治神宮の清正井、名古屋城天守閣の石垣と、知り始めると興味が出てくるでしょ?
城造りの方は、多くの曲輪図。清須城の曲輪図は、あんま見たことない図だった。五条川の川州になるのか? 河道の他に沼があって、どちらが本流なのかよく判らない。
全国の城の曲輪図や兵法の資料も。
2011年07月10日
3題
三重県立美術館
福田繁雄大回顧展
美術の分野で福田氏といえば、この福田繁雄の一族ではないだろうか?
福田天人氏が画家と紹介されて「この一族?」と思ったのは、何日目だっただろう?
本題とそれた! 現代アートというと難解の代名詞みたいなモノだけど、福田のアートは明快。
『日曜美術館』で紹介されたので、印象深く思っている人も多いだろう。
個人的には柳原館の方を先に見ることをオススメ。濃密な福田繁雄のエッセンスが凝縮している。
そして1階の企画展示室へ。2階常設展の第2室がトリックアートと現代アートのセクションになっているので、入り口で展示目録を受け取ることもオススメ。
誰の、どの作品が、どんな所で共通しているかが、しっくりと頭の中に入ってくるのではないだろうか?
そして思うの。福田繁雄だけがアートしてたわけではなくて、時代と呼応しながら作品、作ってたんだなって、
鈴鹿市考古博物館
国府の歴史地理学的研究in鈴鹿
ロビー展なので数は少ないが、伊勢国府の研究史がしっかりとつかめる展示。
京都大学から所蔵品を譲り受けた、ことによる展示。
でも国府の地名の残る三宅神社の辺りは、本当に非国衙なのだろうか? 川を挟んで北側に国司の政務室である長者屋敷があって、南側に在庁官人層の執務室的な組織が展開してたとか、時代が下るにつれ、在庁官人の勢力が強くなったり国庁の機能や建物が廃れて里内裏的に三宅神社付近を中心に国衙機能が移転したとかは、考えなくてもいいんだよね、考古学では。
まあ、余所のことだから越権行為的だが。
愛知県美術館(栄)
東北復興支援 特別企画
「棟方志功 祈りと旅」展(仮称)
東北の飢饉とか地震とか歴史の積み重ねとしての悲劇が、棟方という語り手を通してスパークしたような展示というと、震災を軽んじているとお叱りを受けるだろうか?
弁天様もいいし、十大弟子もいいし、乾坤の柵もいいし。
今、見ておきたい日本の美。
2011年07月09日
へうげもの3題
愛知県陶磁資料館
アンデス・メソアメリカ文明展
ついでと言ったら失礼だが、しっかり見てきた。
いまだにオルメカ文明が、どの辺のだかよく判らない。ちゃんとキャプション読もうよ…
中米を、メキシコを中心としたメソアメリカ、南米の北部のアンデス、その中間領域と分類して、それぞれの歴史遺産と現在のメソアメリカの文化をコンパクトにまとめてある展示。
日本に所蔵されているメソアメリカ文明のような側面もあり、所蔵先がユニーク。
愛知県陶磁資料館
へうげもの関連
愛知県美術館の木村定三コレクションを中心に常設の日本の焼き物の一部として構成されている。
まあ桃山~江戸の陶磁は織部好みのみではないが、逆に初心者にも、奇をてらった独特の物腰が親しみやすく、これまで堅苦しくて敬遠してきた向きも、入門として楽しめるのではないだろうか?
瀬戸蔵ミュージアム
織部・大数寄(ダイスキ)・コレクション
あの焼き物曼荼羅の中に織部が展示してあるの。想像しただけで壮観でしょ。
須恵器から桃山前夜までのロクロに代表されるシンメトリーの造形が、突如、碧、黒、赤、白の原色に近い彩りを伴って、崩れていく。指により、ねじ曲げられた沓茶碗。四角を2枚重ねたような織部の向付。
瀬戸市の歴史としての信長による瀬戸山離散から美濃での織部・志野の萌芽。瀬戸への逆輸入とダイナミックに地域のクロニクルが展開している。
加藤春岱の作がすこしまとめて見れるのか?
徳川美術館
徳川美術館の名陶で楽しむ
やきものの色とかたち
常設展の茶の湯のセクションも、へうげもの関連。展示替えもあるので、チェックしておきたい。
企画展は前にレビューしたので割愛。
あと、蓬左文庫に展示の涅槃図。痛みはあるものの、彩色のよく残った大幅。涅槃図というと、下半分の群像のイメーヂが強いが、なんせ大幅なので下はあまり見れない。その分、写真図版が展示されているので、それで確認したい。
2011年07月04日
レオナルド・ダ・ビンチ
四日市市立博物館
レオナルド・ダ・ビンチ
もう一つの遺産
そんなにレオナルド・ダ・ビンチというと「絵画の人」というイメーヂがあるのだろうか?「もう一つの遺産」と言う副題があまりピンと来ない。
技術屋というか夢想家としての側面をファクシミリ版の手稿から照らし出した展示。手稿から復元される再現模型も多く展示されていて入門的内容。
四日市市立博物館
学習支援展示(常設展示室内)
四日市空襲と戦時下の暮らし
まあ、毎年恒例の展示。
新鮮だったのは防空壕の模型の展示。名古屋などでは考古学的な調査対象にもなっているが、模型で展示されると解りやすい。
2011年06月25日
3題
個人的にはルネサンスから無敵艦隊の敗北までは西洋においても〈近世〉という概念で考えていいのでは? と思う。つまりフェルメールやレンブラントは国芳や写楽と比較しても似たような結果を得られるのではないか?
1番、大きいのは美術の庶民への浸透。「夜警」は役者絵よりは蒹葭堂の肖像画に近いのかもしれないが。も1つは自然科学の浸透。「地理学者」がいて大航海時代というものが立ち現れるのと同じように伊能忠敬が日本地図をつくる。
案外、ルネサンスから無敵艦隊までを〈近世〉と考えるのは西洋史家には一般的なのかもしれないが。
豊田市美術館
フェルメール
《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展
オランダの〈近世〉絵画の総説として、よく体系化されている。「地理学者」がなくても見る価値のある作品群。
神話画、肖像画、風景画、海、静物画。その画題から施主の顔も立ち現れてくる。
「地理学者」は、もう圧巻。でも壁の所にアルファベットが振ってあって、作者名でもなさそうだし整理番号? あれが意外に1番のナゾ。
名古屋市美術館(伏見)
レンブラント 光の探求/闇の誘惑
版画と絵画 天才が秘めた明暗表現
レンブラントと言えば「夜警」に代表される光の絵画だが、今回は版画に焦点をあてた内容。
メインは版画とは言え、数は少ないものの油彩画も展示されており、いわゆるレンブラント・ライトを多能できる贅沢な展示。
版画のレンブラントは一言で言えば「闇」。長谷川潔が「黒の版画家」と表されるが、その何百年も前に、試行錯誤の中、あの闇の表現にたどり着いたのはスゴい。
版画の用紙に、こだわったり、同じ版を改版しながら刷っていくような過程も展示されていて、間違い探し的に楽しめる。
名古屋市蓬左文庫
建中寺と尾張徳川家ゆかりの寺院
-法然上人800年大遠忌-
名古屋の天王まつり
当麻曼陀羅(0626まで)が展示されていると言うことで見に行く。非常に大きな掛け軸で上部のみの展示だが、痛みもあるものの、彩色がよく保たれていて、入門者にも見やすい。
徳川一門が浄土宗だと言うことを、本当に、ここ数年、最近まで知らなくて、今回も法然の800年忌の関連企画。
名古屋の天王まつりは山車祭になるのかな?
徳川美術館
徳川美術館の名陶で楽しむ
やきものの色とかたち
『へうげもの』関連企画。アニメ見てるから「荒木」が展示されてるだけで、超テンション上がった!
章別がこっているので、器種と焼き方が頭に入ってないと難しいが、もう、尾張徳川コレクションというだけで、それはザ茶道具的な意味合いがある。
2011年06月20日
3題
岐阜市歴史博物館(岐阜公園)
古地図~地域から世界へ~
前期展は岐阜県図書館の蔵品。後期展は岐阜市歴史博物館の蔵品の展示で今は後期展。
伊万里焼の日本図がいいの。小人黒とか女護国とか実際にはない島や松前と蝦夷が別々に描かれていたり、当時の地理認識というか思想性がキレイにでている。
古地図と言えども、荒唐無稽性だけが際立つのではなくて、村絵図や城下図、曲輪図なんかは生産性や軍事的な性質の中で正確を旨として描かれていて、そちらが中心の展示になる。
イントロとしての日本図、(1)村絵図・町絵図、(2)国絵図・藩領図、(3)合戦図・城絵図、(4)近代の観光を目的とした鳥瞰図という章別け。
鳥瞰図も見るべきがある。富士山を表現するために渥美半島が消えたり、伊勢湾から北を見るのか、金華山から南を見るのかで、当たり前だが全然別の図面になる。
一宮市博物館
硯ことはじめ
民俗と考古のハイブリットな展示。
民俗の方の筆と墨で筆記する文房具の総説はためになる。墨、筆、紙、硯の伝統工芸としての制作方法が詳しく紹介されている。
考古の方は、うらむべくは立ち位置がはっきりしない。中央の優品の総説にするのか? 地域の硯のレビューにするのか? ハイブリットというか硯の種類に応じてカテゴライズして並べられている。どうも過去の文献や展覧会で注目を浴びているものを中心に集められた感じがする。それだけ研究の進んでいない分野と見るべきか?
実は稲沢に硯の専門家がいるのだが、所蔵元程度のあつかいで、その辺のリサーチも、いささか甘いという評価は厳しすぎるか?
煤を集めるための蓋の遺物展示は貴重か。
春日井市中央公民館
森浩一文庫展示
寺社境内図の版画展
前期・後期で展示替えの部分もあるとのこと。1フロアのこぢんまりとした展示。
境内図と本尊のお札というのは、近世の旅のアイテムとして注目すべきもの。
そのようにものが収集される形で名所図会のような絵入りの地誌が誕生するのではないだろうか?
そんな中で「大念仏會中出店図面」は異色の境内図。いわゆる壬生寺の大念仏會(壬生狂言?)の時の出店の領域図で、一般向けに配布配布された境内図とは異なるのではないか? 興味深い資料。
2011年06月12日
2題
名古屋市博物館
フリールーム
3000年前の名古屋
-緑区雷貝塚・守山区牛牧遺跡-
名古屋市内の縄文遺跡の展示。
出土地不明の東北のものなのかな? いわゆる亀ヶ岡式と呼ばれそうな、つるつるで太い線を配置した鉢も何点か展示されていた。
縄文は判らないので、見ただけ。
名古屋市博物館
テーマ10
古筆のたのしみ
展示にちなんで、はくぶつかん講座があったので、それを含めて。
圧倒的に数をこなしていないからなんだろうけど、読めない。開き直って読めなくても仕方ないと思う。読みを確定していくことは、もちろん大切なことだが、可能性の幅を追求していくという意味では「○○かもしれない」という可能性は幅として必要! と開き直ってしまえ。
掛け軸と屏風、手鑑帳の展示。手鑑帳は展示替えアリ。
日本において、どのように古筆が鑑賞され、どのような権威付けがなされていたかも理解できる展示。
個人的に一等は「夢記切」内裏に女房がいて犬がいてという内容。『枕草子』に取材できそうな「内裏・女房・犬(翁丸)」という組み合わせ。それと明恵の「犬好き」という属性。『枕草子』の享受が典籍であったのか口伝えだったのか興味がそそられる。(とか書いたら激怒する人もいるんだろうな)
藤原俊成が定家の父で冷泉家の先祖になるというのはあんまりピンとこなくて、慈円とか宗尊親王とか、その古筆の中や極札に登場する人名にキュンとなる。
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
誕生110年記念
荻須高徳展 憧れのパリ・煌めきのベネチア
松坂屋美術館、美術館「えき」KYOTO、稲沢市荻須記念美術館、日本橋三越本店の巡回展。
なんで展示目録がないんだ?
これまで、あまり紹介されていない作品も多いのではないか?
1930年代、1950~60年代、1970~80年代と作風の変化が丁寧に追える。
パリ、肖像画・静物画、ベネチアという章別。ベネチアの作品群に代表されるのだが、オギスと言えば反射の画家なのではないだろうか? それが写生による探求によるものなのか、絵画描写論的な技法論の体得によるものなのかは今後検討がなされるべきだろう。
しかし、例えば、51では水面の中央の白の描点は見ようによっては違和感がある。これが1930年代の作品。これが50~60年代には53のように3m程離れて水面を見た時、絵画として描点が消失して反射そのものになる。これが70~80年代になると60のような、技巧的にさえ見えるのだが、手前の建物を黒っぽく描き、最後方の建物のみ黄色くし、水面の反射にコントラストを強調する作品群になってゆく。54もいい。オギス作品の特徴は2回見られるということ。まずはギリギリまで近づいて筆運びに注目してみる。筆の勢いと筆致。次に3m程離れてみる。近くで見た描点がすべて消失して絵画としての作品が立ち現れてくる。無造作にさえ思える絵の具の重なりが見事に壁や水面になっている。
画集よりも、やはり実物をみたい展示。
2011年05月28日
4題
豊橋市自然史博物館
表浜の生きもの
エントランスでのパネルを中心にした展示だが、しっかりとした図録もある展示。
表浜というのは三河湾に対して太平洋側を指し、伊良湖岬から浜名湖の辺りまでと定義していた。
島崎藤村の「椰子の実」は伊良湖岬に南の島から椰子の実が流れ着いたことを柳田国男が語ったことに取材されていることに象徴されるように漂着物。
海外からのゴミもそうだし、漁具や、波の浸食により削られたガラス片。生物の死骸も例外ではない。
そのような物を丁寧に標本にしている。
展示見て図録買って夏には表浜にいきたい。
豊橋市自然史博物館
ダイナビジョンシアター(大型映像)
ダイノトピア 失われた恐竜王国
恐竜が出てくるというだけの非常に娯楽性の高い映像。
ストーリーがどうのとかプロットがどうのとかは、まあおいておくとして、原理主義的には娯楽映画なら映画館でやるべきでは? と言われかねないのでは?
引き合いを出すべきではないが、シーモンスターのような娯楽性の高い科学映画と、このような科学性のフィクションの娯楽映画では質的に違うのではないか?
まあ、コンテンツを、どうこうするにはマーケティングや実際の入館者数を比べて詳細に議論されるべきなのかな?
個人的な意見を言えば(と言いつつ徹頭徹尾、個人的意見なのだが)科学館・自然史博物館では娯楽性はさておき科学的なコンテンツを見たい。それはダイノトピアを上映してはいけないと言うわけではなく、もっと融通を効かせて、例えば夕刻から2時間くらいのミュージシャンのライブ映像をワンドリンク付きで見せるような活用するくらいの幅は映像展示施設を持っている強みとして考えてもいいのではないか?
そう考えた時に、子供向け娯楽映像としてダイノトピアが適切なのか? まあ、恐竜売りの博物館だしな・・・ 時間の制約によるプロットの甘さでもない気がするんだよな・・・
豊橋市美術博物館
カンヴァスに描かれた女性たち
巡回展で4月始まりなんだけど外国館からの借り受けが311以前のようでラッキーな展示。
ともすれば数年、このような展示は見れなくなるのかもしれない。
ルネッサンスくらいから印象派の手前くらいまでの女性をあつかった絵画の概観。
聖母子像、神話としての女性、肖像画、娘、母子と聖母子がふつうの母子になる過程のような展示。
ルネッサンスというとイコノグラフが柔らかく崩れていくような時代。儀軌なしで女性像として見ても楽しい展示。
豊橋市美術博物館
「新」収蔵品展
1点を上げれば上田薫氏の苺の作品ではないだろうか?
『トリックアート』展では、はっきり言ってピンと来なかった作品群だが、1975年の作品だと知って改めてすごいと思った。
このようなスーパーリアリズムの作品群はインクジェットの発達と照らして考えるべき。その意味で1975年という時代はスゴい。
2011年05月23日
2題
名古屋市博物館
古代メキシコ・オルメカ文明展 マヤへの道
オルメカ文明ってどの程度の知名度なんだろう?
メソアメリカ(中央アメリカ)のマヤ文明の直前の文明になるのか?
ネイティブアメリカンの文明というと金製品を考えるかもしれないが、オルメカ文明展では金製品はなく、玉製品を多用している。
仮面、石斧、石斧をシンボライズした石碑的な威信財と巨大な石造物、その拓本を興行的に勝れたやり方で展示している。
音声ガイドが時間的にも充実していてほぼ全品解説なので、1時間程度の時間があれば活用も考えたい。
徳川美術館
名古屋市蓬左文庫
臨時企画 春季特別展
徳川将軍と尾張の殿さま
すでに終了してしまっている。
家光の名古屋下向の代替だが尾張徳川家のクロニクルに終始。
家というモノが機関として働いていて、養子の取り方など調べると秀逸!
2011年05月17日
古陶の譜
愛知県陶磁資料館
古陶の譜 中世のやきもの
-六古窯とその周辺
タイトルとポスターから館蔵品展だと勘違いしてた。
ミホ・ミュージアムで図録を見て、いわゆる「正和の壺」が展示されてるらしいと言うことで見に行く。
展示もさることながら、図録も含めて、中世の陶磁の概観として中世のブツの研究者なら見ておきたい、図録は所有しておきたい。図録すごいのよハードカバー布装、箱入りとバブル以前の陶磁全集を彷彿とさせる装幀。研究編も充実していて、当代一等の研究者の各古窯に対する概観が読み応えがある。図版はもちろんなんだけど。
まあ、瀬戸、美濃、渥美、常滑は『窯変の美』と似たような組成になってしまうのか?
他の地域は、当地の資料館から資料を借りてきている感じ。
紹介が遅くなってしまったが、時間があって、あまり古窯の品に親しんでいないという人は見ておいて損はない。
以後、福井と山口に巡回。
2011年05月06日
3題
大阪府立狭山池博物館
新発見、安松田遺跡の東大寺瓦
展示ケース1台だけの小さな展示だが、その意義は非常に大きい。
いぶし工程の非常に希薄な酸化系の白色を呈する表明を持つ瓦。解説などでも他の東大寺瓦窯に先行するのではないかとされる。
管見を差し挟めば、渥美窯の様式編年は東大寺瓦の年代を再建東大寺の開眼の年代を元に実年代を当てはめていたのが、これまでの研究の成果ではないだろうか?
しかし、皿焼窯の五輪塔が重源ゆかりのものと考えられ、これまでの年代観と若干の狂いが生じていると思うのは筆者だけだろうか?
まあ、伊賀別所・新大仏寺の木製五輪塔も含めて、その異形ぶりというのは五輪塔の研究者からも疑義が発せられていることもあり、今後の詳細な検討(あるいは四日市市立博物館・奈良国立博物館の研究)をふまえて十分議論されなければならないが、現在の私見を述べておく。
まあ、後出しじゃんけんのきらいもあるが、伊良湖東大寺瓦窯の瓦について再建大仏の開眼供養の以後、あるいは大勧進が栄西に替わってからの瓦のような気もする。つまり、再建大仏殿は開眼の段階で非瓦葺き、あるいは今回の成果に頼れば安松田遺跡と、その周辺の瓦を限定的に使ったのではないか?
1つの論拠としては『南無阿弥陀仏作善集』に伊良湖に対する記述が存在しないことがあるのだが、伊良湖での重源の窯業に対する殖産性を考える内に、ギブ・アンド・テイクのテイクのある場合には〈作善〉と考えなかったのかもしれないとも考えられ、もう少し熟考したい。
その中で、安松田遺跡と伊良湖東大寺瓦窯の瓦の違いを考えた場合、窯内に炭素原子を充満させ瓦の表面に黒色を吸着させる「いぶし技法」の開発というのは1つ着目していい技法上の違いなのかもしれない。
飛鳥資料館(奈良文化財研究所)
春期特別展
星々と日月の考古学
今年はキトラのはぎ取りの展示がないので落ち着いた人出。
しかし、現物を実見するのも大事だが、毎年、地下で行われるモチーフをテーマに調べ上げられた展示は図録も含め、見ておく価値のある展示。
今年は、天体図をテーマに東洋における天文学の発達と思想を概観できる。
大和文華館(奈良・学園南)
開館50周年記念 特別展I
女性像の系譜
-松浦屏風から歌麿まで-
改修が終わり門前の駐車場が整備され、展示施設までの道のりも石畳に改められた。
駐車場は申し分ないが、石畳は改修から日も浅いこともあり落ち着きが少なく感じられるが、数年とか十数年というオーダーでじっくりとしっくりしていくものだろう。
松浦屏風の展示にあわせ、ひろく美人画を集めた展示。
展示室に、ぎっしりと美人画が集められているのは壮観。目新しいものも多く、入門者のみならずクロウトの鑑賞にも十分堪えうる展示なのではないだろうか?
2011年04月30日
3題
奈良国立博物館
誕生! 中国文明
王朝、技術、美術の3つのテーマの中国文明の誕生に迫っている。
あの宝冠如来坐像を見れただけでも貴重。日本の仏像は白鳳期にはレリーフのような浮き彫りではなく立体を意識するのだが、この像は大きさもあるのかもしれないが、横から見ると非常にスマート。正面から見ることが1番に意識されている。
順番に説明すると、紀元前10世紀頃の青銅器。青銅器には所有者の名が刻まれ、権力の象徴として使われる器種・数量が規定されている。
玉類は権力の象徴であるのと共に、呪術力のあるアイテム。身の回りの品にも玉が使われる。呪術力から屍の腐食の防止を祈る行為も行われた。
中国文明の入門向きの内容。資料も1等級のモノが来ているのではないだろうか?
MIHO MUSEUM ミホミュージアム
長沢芦雪 奇は新なり
石山からバスに乗っていったんだけど、キリヤン似の眼光鋭い無精の口ひげを生やした学生なんだろうな20代の男の子が乗ってたの。隣に女の子が乗ってて、よく見るとイヤホンをおもやっこして、iPod聞いてるの、アベックだよね。なんか色白で、むちっとした感じがヒッキーみたいなの。えっと、何が言いたいのかって言うと、僕にとって「芹沢芦雪」っていうと苦手意識が、そのような白昼夢を見せさせるということ。
ようは江戸時代後半の応挙を筆頭にして始まるような画壇の中の1人と考えられるらしい。
その応挙の写実に近い内容を、きちんと研鑽を積んで蕪村のような文人画の系統にも、きちんと触手を伸ばしている感じ。(これで説明になっているか?)
1点を挙げろと言えば、普通は虎と龍のふすま絵だろう。あと方寸の五百羅漢。
ここで獅子図を1点あげよう。非常に荒々しいタッチで、虎図が動画の静止図と言うのなら、劇画タッチ。背景の金装飾は後補であると指摘されているんだけど、施主の意見もあったのかもしれないが、比較的早い時期に、あるいは芦雪の存命中に、そのような企図が行われ、芦雪に近しい人物の賛同の下に行われたのではないだろうか? と思わせるくらい、その装幀はマッチしている。
安土城考古博物館
大岩山銅鐸から見えてくるもの
逆に、あれやこれやと並べると興味本位に並べてあるように見えてしまう。
展示とは関係のない妄想なんだけど、大岩山の銅鐸って近畿的でも東海的でもないのかもしれない。近江式銅鐸を作ろうとして、あのような組成の銅鐸群なのかもしれない。それが現在の科学では近畿式が何例、三遠式がいくつとなるのなら、近江式の創造に失敗しているのかもしれない。
そのような銅鐸の最終埋納が終わった段階で、薄型甕のモードがやってくる。庄内式が、どのような経路でV様式の厚甕から変化したのかは、よく知らないが、東海の薄甕は近江の様式を受けて成立するのではないか? その意味で大岩山銅鐸は再評価されるべきで、まあ、薄型甕の話は次回にまわすとして、畿内式と三遠式の折衷で大岩山銅鐸が出来ていることをイコノグラフとして示すべきでは無かったのか?
複製を含めて多くの埋納銅鐸を集めているので入門の向きには、数が見れて楽しい。
2011年04月03日
2題
常滑市民俗資料館
我が家の歴史展
大野佐治氏と斎年寺・金蓮寺
大河ドラマの『江』にちなんで、江の嫁ぎ先である大野の佐治氏の展示らしい。
ポスターには、よく見た事のあるダルマさんの前で弟子が腕を切る絵画が使ってあって、どうも佐治氏縁の寺院に伝来していたものだったらしい。
現在は、京都国立博物館?に預けてあるとのこと。新館が新しくなったら、また展示されるのかな?
「慧可断臂図」が展示されている分けではなくて、写真パネルと模写?が展示されていました。
企画展示室1室、しかも、この時期の展示にも関わらず、充実した内容に感じた。
しかし、いかんせんキャプションが展示品の名称のみ、展示目録もなく、概略のA4片面の資料のみなのが悔やまれる。
高浜市やきものの里 かわら美術館
企画展
中国~朝鮮~日本 東アジアの瓦の流れ
中国の半瓦当や文字瓦、高句麗の瓦が充実していた。
日本の瓦も、ふだんあまり見られないような瓦が何点かあった。入門的内容。
2011年03月27日
2題
京都国立博物館
法然-生涯と美術-
親鸞の展覧会は多く存在するが、法然展は貴重。この展覧会というか、御年忌に併せて、多くの法然本、番組、企画が連動している。と言いつつ、ちょっとガッツリ法然を学びたいと思ったら『法然の哀しみ』をオススメしたい。
当たり前と言えば当たり前のチョイスなのだが、法然を伝記、著作、周辺の人々から立体的に立ち顕している。梅原日本学というと膨大な資料を駆使した大胆な作業仮説という印象が強いかもしれないが、『法然の哀しみ』においては、法然の発心としての〈哀しみ〉に着目する以外は非常に慎重に膨大な資料を操作されている。梅原日本学のターニングポイントにもなっている作品だと思う。
話がだだそれなのだが。
『法然上人絵伝』を手がかりに法然の生涯を映し出し年齢に応じたカタチでトピックスを立てている。
顕密的に言うと〈生身の仏〉になるのだろうが、阿弥陀如来像の胎内に、さまざまな納入品を収める造仏の方法の多くの作品が取り上げられていた。阿弥陀との結縁という意味合いになるのか? 1点目の注目はココ。
もう1点は「七箇条制誡」だろう。期間限定なので公式で展示期間を要確認なのだが、法然と親鸞(綽空?)をつなぐ貴重な資料を全文見れるのは貴重。(と、やや真宗よりなのだが)
明治以降の研究史を考えると浄土宗は浄土宗、浄土真宗は浄土真宗と宗派ごとの研究が多くを占めている。もっと立体的に「一枚起請文」は浄土真宗にとっても重要な心構えだし、逆に『御文・御文章』は浄土宗にも貴重なのでは?
いわば、三河の真宗教団のように法然も親鸞も大事という姿勢は、今後、注目されるスタンスなのではないだろうか?
あ! そうそう、図録、買ったら、岡本太郎のポスター附いてた。なんか、ラッキー!
京都市美術館
親鸞展 生涯とゆかりの名宝
親鸞展は、数多くあれど、どうしても三河や三重でやると三河と専修寺の資料ばかりになり、京都でやるとお西かお東のものばかりになるのを、非常にバランスよく貴重な資料、展開として重要なものを要点よくまとめてある。
http://www.shinranten.jp/
こっちの親鸞展がビジュアル的・感覚的に親鸞の生涯を展示しているのに対して、京都市美の展示は一級資料を駆使して生涯を提示している。
とくに注目すべき1点をあげれば『小経』『観経』の親鸞自筆注釈。あの細やかな書き込みの跡は一方で選択とか専修と呼ばれる浄土教系の諸宗にも、ちゃとした教義的研鑽が必要である事を示してくれる。
2011年03月07日
2人展
岐阜県美術館
伊藤慶二「こころの尺度」・林武史「石の舞・土の宴」
音声ガイドが無料と言うことで興味を持って出かけてみた。
観覧料が800円ということで安いのか高いのか? 3~5百円、音声ガイドにバックされているとすれば借りなきゃ損になるのか?
美術館のかけもちで時間的に借りれないこともあるだろうし、音声ガイド独特の雰囲気が苦手な人もいるだろうし、無料にして見かけ上、観覧料に上乗せしてしまうのは、これからの博物館と音声ガイドの関わりとして実験的だな。
観覧者と音声ガイドを借りる人の割合のデータの蓄積はあるのだろうから、そのデータを補正しながら積極的に活用していくのも1つの手だわな。
内容については現代美術なので差し控えよう。
2011年03月05日
5題
豊田市美術館
柴田是真-伝統から想像へ-
『美の巨人たち』で特集された巡回展とは別の内容。ミュージアムショップで巡回展の図録も販売されているので、少し予算に余裕を持っていきたい。
江戸末~明治の漆工芸家。「だまし漆工」と呼ばれる漆工芸でありながら、陶器や板の木目などをリアルに表現した作品群。
ライティングや照明、作品保護の観点から作品は必ずしも見やすいわけではないが、そのような雰囲気もふくめて、作品の質感や技巧の精が際立っているようにも思われる。青海波塗りは、本当に繊細。
巡回展が見れなかったことが悔やまれる。
豊田市美術館
Art in an Office-印象派・近代日本画から現代絵画まで-
新収蔵品展になるのか? 豊田市制60周年記念で、館蔵品の優品展もかねている。
どれがどうでというと不公平になるかもしれないが、上村松園の「つれづれ」は、それだけを目当てにしても十分なくらい。松園好きは必見、是真も一緒に見れるので、結構なお得感だと思う。
現代作品、とくに最近の作家も展示されている。目に付いたのは蜷川実花氏。中央にだけ焦点をあわせて、まわりをぼかす、その色使い、まさに実花調。
印刷技術も進歩しているのだろうが、額装の仕方も新たな技術・方法が工夫されていて、その見本市としても興味深く見れる。
知立市歴史民俗資料館
新収蔵品展
知立駅で思い立って知立市歴史民俗資料館へ。図書館と併設のこぢんまりした展示室だが、東海道の池鯉鮒宿のビジターセンター、知立市の考古・歴史・民俗資料を、ちゃんと大づかみに出来る。
新収蔵品は、ひな人形、ミシン、時計、戦時資料と、これまた、こぢんまり。
近世の街道に興味のある向きは、一度は見ておきたい展示。
名古屋ボストン美術館(金山)
響きあう うつわ-出光美術館日本陶磁コレクション
iPod音声ガイド有り。
黄瀬戸、織部、志野から、はじまり鍋島まで。中世・織豊期から近世への陶磁器の概観。
乾山のような有名作家の作品もあるし、古九谷などでも見応えのある陶磁器が、ずらりと並んでいる。まあ4階フロアだけなので制約はあるが、その時期の焼き物を大づかみにして、なおかつ鑑賞にも十分堪えうる欲張りな展示と言ってもいい。
音声ガイドは、たいてい30分程度なので、鑑賞に要する時間の目安にもなる。人間の集中力の限界が30分~1時間、1時間を超えると数分程度休憩したくなる。音声ガイドの時間と、実際に博物館を鑑賞したい時間を考える。1時間なら聞いていない時間が半分あってもいい。30分で見たければ、音声ガイドはフル回転。
音声ガイドの説明は、およそ前半と後半からなる。前半は展示のストーリーにあわせた説明、後半はその展示物の個別の説明であることが多い。逆に言えば、前半部分は、その作品の前で聞かなくてもいい。何がある、どうなっているの説明になってから、その作品の前に行けばいいのだ。
いいか悪いかは別として、僕は音声ガイドはキャプションの代読として聞いている。と言いつつ、ガイドにない気になる展示物はキャプションを見る。しかし、キャプションも全て読む必要はない。目録に大まかな情報、図録には、ほぼキャプションの内容が全て書いてある。
気になる作品の、気になる項目だけを見ればいい。作品の年代であったり、絹本・紙本のちがい、油彩かどうかは作品をじっくり見た方がいい。
と、展示内容と関係のない話を、さらっと書いてしまった。
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
松坂屋創業400周年・松坂屋美術館開館20周年記念
松坂屋コレクション-技を極め、美を装う-
松坂屋の来歴、時代ごとの着物、年齢儀礼に関する衣装、武家の装いとして(たしなみとしての衣装・婚礼調度、陣衣装、能)と大まかに章分け(章名は私に改めた)されているのか?
見所は、やはり時代ごとの着物の展示、たしなみとしての衣装・婚礼調度であろう。
松坂屋における、ファッションとモードの研究の粋が、そこにあると言ってもいいのだろうか?
徳川美術館が大きくバックアップして行われた展示のようだが、これくらいのことは松坂屋自体の学芸力で出来るようにしておかないと、宝の持ち腐れではないだろうか? それは、これからの売れ筋、商戦と、全くパラレルな出来事ではないのだと思う。
2011年02月27日
2題
大津市歴史博物館
近江国庁と周辺遺跡
常設展の1コーナーのみの小さい展示だが、かえって要点がまとまって優れた展示。
http://www.amazon.co.jp/dp/4787710370/
これがセンセーショナルなタイトルだなと感じたのだが、改めて藤原仲麻呂をキーワードに飛雲文の瓦たちを見ると、ああ田村第も外区を大きく取るようなタイプと共通点が見えてくる気もする。
周辺遺跡も遺物の展示でプロットだけのうらみもあるが、長年の調査の中で共通点と相違点が提出されていく中で、考古学的な国府とか国衙がおぼろげながら見えてくるのではないだろうか?
尾張は、それらを借りてきて、並べ直していくだけだもんな。尾張は遺構というカタチでの考古学的蓄積が無い分、地名と類例から、大胆にきちんとした絵が描ける。
安土城考古博物館
近江の観音像と西国三十三所巡礼
年度末の特別展としては破格な展示。
まずは六観音に焦点をあてて、その変相としての三十三観音。西国の霊場としての西国三十三所に目を向けていく。
発端は遺跡から西国三十三所の木札が出土したことに始まるのか。出土木札の展示と伝世の木札も広く集めている。
と言いつつ、目玉は仏像だな。御衣木の用材ではないか?と推定される胎内の納入品も見られる。
2011年02月26日
5題
神宮徴古館
新春企画展
国史の歩みI-クニの始まりと国家の成立-
いろいろと経緯があるんだけど神宮徴古館の蔵品に国史絵画というのがあって、以前に一巡、展示されたように感じてるんだけど、その展示の2回目の初め。
天の岩戸、天孫降臨、神武東征、ヤマトタケルから醍醐天皇、紫式部までになるのか?
あまり広くない1室の展示だが、所狭しと絵画が掛けられていて、空間の制約を感じさせない。
この手の絵画に興味のある方は、一度は見ておきたい展示。
別バージョンというか神話の絵画の展示は奈良県美術館で以前展示されて図録が残っていればあるハズ。
神宮美術館
特別展
葉-歌会始御題によせて-
毎年恒例の歌会始の御題に関する展示。と言いつつ、初めて見る。
「葉」というと植物を描けば、たいてい描かれる画題だが、改めて見ると壮観。
せんとくんの兄弟になるのか? 葉っぱに乗った妖精の姿も。
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
京都府立堂本印象美術館所蔵 生誕120年記念
堂本印象展 魂の美を求めて
作風が大きく変わるようで、今回は晩年の抽象画に焦点を当てたような展示。
と言っても、作風の変化が大づかみに出来るように、作風の変化の順に展示されている。
堂本印象というと木花開耶媛に代表されるような、きれいな日本画の極みを想像していたので、少し拍子抜け。
しかし、そのような作風の作品や抽象画も十分見応えのある作品ばかり。
明日までなので、興味のある向きはゴッホ展などを置いても見ておきたい展示。
愛知県美術館(栄)
レンバッハハウス・ミュンヘン市立美術館所蔵
カンディンスキーと青騎士
ゴッホ展、見に行こうか迷っているのなら、だまされたと思って、こっちを見て置いた方がいい。
青騎士と聞いて、どの程度の人が、その言葉を定義できるだろうか?
ようはポスト印象派の絵画理論が成熟してピカソが誕生する、その狭間の、ようはゴッホと、よく似た時代の作品群なのだ。
ゴッホ展のように込まないので、作品の1点1点をじっくり見て回れるので、その描点限界まで近づいて、じっくり見て欲しい。少し長めの原色の描点。ゴッホと同じ。あれだ、あの点描の某という、、、と、この辺の作家の名前が出てこない。
印象派、ホスト印象派、ピカソが頭に入っている人は、見ておくべき。って、もう見てるか。
名古屋市美術館(伏見)
没後120年 ゴッホ展
すごい人。音声ガイドが微細なタグを読み込む形式で逆に、どこがすごいのか、よく判らないレベル。
あれだけの人混みの中で、現物を見ると言うことと『日曜美術館』を見るという行為が、どちらが優位なのか? 両方見る人もいるし、鹿児島から九州国立博物館に見に行った人もいるだろう。
あらかじめ人が多ければ見ないという先例にならなければいいが。