『真説・寅次郎傳』
寅次郎が、高校2年生の時、寅次郎の父親が亡くなる。
さくらは、まだ、小学校低学年。母親は、さくらを産んで、すぐに亡くなっている。
とらやは、おいちゃん、おばちゃんが住み込みで切り盛りにあたる。
そんな、ある日、寅次郎はとらやから家出をする。
自分とおいちゃん、おばちゃんの間に確執がうまれるのを恐れたためだ。
家財道具には、何一つと言っていいほど手がつけられてなかった。
しかし、寅次郎の懐に『日本の放浪芸』という文庫本が1冊だけ、隠されていた。
時は過ぎ、さくらは20代に。
テキ屋家業にどっぷりとつかった寅次郎がいた。
新しい旅先。テキ屋衆の集まる広間の戸を寅次郎が、すっと開け口上をあげる。
「ご当地の、お兄さん、お姉さん方、お初にお目にかかります……」
「そんな堅苦しいことは抜きにして、お前も、こっち来て飲めよ!」
奥の車座から声が聞こえる。
「お兄さん、せっかくの、お誘いではありますが、明日のシナの検討もございまして、今日はご挨拶だけ」
音をさせずに戸を閉める、寅次郎。小さくため息をつき、その場を後にする。
玄関、初老の男が上がりがまちに腰掛け、寅次郎をじっと見据えた。
「もう、ここじゃあ、あんだけ立派な口上を挙げられるヤツは、もういないな。だけど、兄ちゃん。気位が高いのは、この家業には向かないぜ。って、そんなこと本人が1番理解しているな」
初老の男は肩をすぼめニコリとした。寅次郎は深く頭をさげ、玄関を出て行く。
寅次郎は旅回りの中で、1人の男に出会う。年の頃なら、さくらより2~3歳上。テキ屋だが、どこか生真面目なところがあった。寅次郎、何を思ったか男をとらやに連れて行こうとする。