« 目次 | メイン | テトラポット »

春日井シンポ

 なんていうの。ストーカー被害になんか遇うと「認められたい、愛されたい」なんて感情がどんだけ1人勝手なものなのかと言うことを考えさせられてしまう。もう、はっきり言って、そんなものに振り回されるのはゴメンだ。
 この前、彼氏、連れてきて「これからは彼とうまいことやるから」って言っていたような気がしたのに、うまいこといかなかったのか、なんか変な言いぐさ。それは彼がオレではなかったからではなくて、お前に関係を修復する能力がないだけではないのか?
 方や、厳然と音楽倫理関係の資料が提示されているにもかかわらず、気付かないのか、粛正されたのか、被害者が自分ではないことに対しての戦意の喪失か、寡黙を通している。オレにだけ任せないで、少しは自分で解決しようとしろよ。

春日井市民会館
春日井シンポジウム
 1ヶ月早いと季候がいい。さわやかで寒くないというのが、まず、第一によかった。
 まあ、国文学者が『萬葉集』を本気でやるときは、万葉仮名の原文をあげて、読みの問題からやる。文庫本やなんかの釈字は、あくまで一般の読者の便利を考えたもので、文庫本でも講談社本は、ちゃんと万葉仮名を引いている。
 あとは底本の取り方。本当に最近まで刊本の広く流通したとされるものを底に採っていて(岩波文庫本)、西本願寺本を底本にしたのは文庫本では角川本である。刊本と西本願寺本でどの程度用字が異なるのかは、国文学の研究がありそうだけど、これからの話なのかな?
 そう言う意味で、郷に入ってはではないが、歴史資料あるいは考古資料として『萬葉集』を手に取る場合、どこかで国文学的な手続きは踏まなくてはならないはずで、20巻の構成内容や制作年代の概説、その万葉仮名から起こしていく過程の説明は解っていても必要だったのかな? とかも思ったり。(って、そう批判している時点で知っているのだから必要ないのだが、、、)

文化フォーラム春日井・ギャラリー
文化財特別展
春日井の古代史事始III~古墳・埴輪編~
20100929~1011
 キャプションをまじめに読んでいないのであれだが、展示品を見る限り、どうも自分の言葉で説明できていない。
 あの先生のアレとアレとアレをこうゆう順番で並べて、、、的な感じがする。その先生が、間違ったことを言ってないから、ただ、そう見えるだけなのかもしれないが、名市博の古墳の展示も、そんな感じだが、そんな神話の再生産で科学的なのかな?
 もっと解釈や視点を変えた、新たな立場からトピックスを立てて展示するのはメンドウなのかもしれないけど、、、
 まあ、でも、僕の説が定説化したら、僕は定説を否定してまわるね。「ここのコレが論拠が曖昧なはずだ!」とか言って、って論拠が曖昧なら今の内にはっきりさせとこうよ。。。

春日井市民会館
春日井シンポジウム
20101002(土) 午後1時30分~4時40分
20101003(日) 午前10時~午後5時
(参加者募集は8月31日まで)

文化フォーラム春日井・ギャラリー
文化財特別展
春日井の古代史事始III
20100929~1011