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下半身

 昨日のはどうかしてるね。たまには、ちょっとした居酒屋トークもいいでしょ。ボクシングみて興奮してたのかな? 昨日は燃えた?

『豊橋の仏典』(豊橋市美術博物館)
『石田徹也展と静岡県ゆかりの画家』(浜松市美術館)
「男だって、下半身でモノ考えたっていいんだ!」って、どっから、どう廻って、そう考えるに至ったんだろう?
 でも、上半身より饒舌で、しかも、賢いときた。こまったもんだ。
『豊橋の仏典』は関連企画の高畑郁子氏の絵画。アレをみたときに、「他人」を「好き」という事の意味を考えてしまった。「媚び」だろうが「思いやり」だろうが、それは「他人」に対して何かを与えることで、その与えられたモノが差別化されているから、それはその人を「好き」にならずにはいられない、という現象がおきる。
 しかし、好意をもった行為に対して、代替物が現れたときに、厳然として、存在する「好き」という思いは、何に裏打ちされているのだろう?
 逆に言えば、「なぜ、その代替物を「好き」にならないのか?」短絡的に「肉」に魅力があるからといって、それは本当に正しいのだろうか?(普通、下半身なら「肉」の魅力だけで、そのほかの魅力は棄却されていく気もするが、、、)
 もう一つは、「病んでる絵」論でしょ。確かに、病んでるのかもしれない。しかし、その「病んだ部分」を喜劇に変えるチカラがあるからね、、、と、苦し紛れに論じてしまった!