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2011年02月27日

2題

大津市歴史博物館
近江国庁と周辺遺跡
 常設展の1コーナーのみの小さい展示だが、かえって要点がまとまって優れた展示。
http://www.amazon.co.jp/dp/4787710370/
 これがセンセーショナルなタイトルだなと感じたのだが、改めて藤原仲麻呂をキーワードに飛雲文の瓦たちを見ると、ああ田村第も外区を大きく取るようなタイプと共通点が見えてくる気もする。
 周辺遺跡も遺物の展示でプロットだけのうらみもあるが、長年の調査の中で共通点と相違点が提出されていく中で、考古学的な国府とか国衙がおぼろげながら見えてくるのではないだろうか?
 尾張は、それらを借りてきて、並べ直していくだけだもんな。尾張は遺構というカタチでの考古学的蓄積が無い分、地名と類例から、大胆にきちんとした絵が描ける。
安土城考古博物館
近江の観音像と西国三十三所巡礼
 年度末の特別展としては破格な展示。
 まずは六観音に焦点をあてて、その変相としての三十三観音。西国の霊場としての西国三十三所に目を向けていく。
 発端は遺跡から西国三十三所の木札が出土したことに始まるのか。出土木札の展示と伝世の木札も広く集めている。
 と言いつつ、目玉は仏像だな。御衣木の用材ではないか?と推定される胎内の納入品も見られる。

大津市歴史博物館
ミニ企画展
大津の遺跡シリーズ9
近江国庁と周辺遺跡
20110118~0306

安土城考古博物館
企画展
近江の観音像と西国三十三所巡礼
20110211~0403

2011年02月26日

5題

神宮徴古館
新春企画展
国史の歩みI-クニの始まりと国家の成立-
 いろいろと経緯があるんだけど神宮徴古館の蔵品に国史絵画というのがあって、以前に一巡、展示されたように感じてるんだけど、その展示の2回目の初め。
 天の岩戸、天孫降臨、神武東征、ヤマトタケルから醍醐天皇、紫式部までになるのか?
 あまり広くない1室の展示だが、所狭しと絵画が掛けられていて、空間の制約を感じさせない。
 この手の絵画に興味のある方は、一度は見ておきたい展示。
 別バージョンというか神話の絵画の展示は奈良県美術館で以前展示されて図録が残っていればあるハズ。
神宮美術館
特別展
葉-歌会始御題によせて-
 毎年恒例の歌会始の御題に関する展示。と言いつつ、初めて見る。
「葉」というと植物を描けば、たいてい描かれる画題だが、改めて見ると壮観。
 せんとくんの兄弟になるのか? 葉っぱに乗った妖精の姿も。
松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
京都府立堂本印象美術館所蔵 生誕120年記念
堂本印象展 魂の美を求めて
 作風が大きく変わるようで、今回は晩年の抽象画に焦点を当てたような展示。
 と言っても、作風の変化が大づかみに出来るように、作風の変化の順に展示されている。
 堂本印象というと木花開耶媛に代表されるような、きれいな日本画の極みを想像していたので、少し拍子抜け。
 しかし、そのような作風の作品や抽象画も十分見応えのある作品ばかり。
 明日までなので、興味のある向きはゴッホ展などを置いても見ておきたい展示。
愛知県美術館(栄)
レンバッハハウス・ミュンヘン市立美術館所蔵
カンディンスキーと青騎士
 ゴッホ展、見に行こうか迷っているのなら、だまされたと思って、こっちを見て置いた方がいい。
 青騎士と聞いて、どの程度の人が、その言葉を定義できるだろうか?
 ようはポスト印象派の絵画理論が成熟してピカソが誕生する、その狭間の、ようはゴッホと、よく似た時代の作品群なのだ。
 ゴッホ展のように込まないので、作品の1点1点をじっくり見て回れるので、その描点限界まで近づいて、じっくり見て欲しい。少し長めの原色の描点。ゴッホと同じ。あれだ、あの点描の某という、、、と、この辺の作家の名前が出てこない。
 印象派、ホスト印象派、ピカソが頭に入っている人は、見ておくべき。って、もう見てるか。
名古屋市美術館(伏見)
没後120年 ゴッホ展
 すごい人。音声ガイドが微細なタグを読み込む形式で逆に、どこがすごいのか、よく判らないレベル。
 あれだけの人混みの中で、現物を見ると言うことと『日曜美術館』を見るという行為が、どちらが優位なのか? 両方見る人もいるし、鹿児島から九州国立博物館に見に行った人もいるだろう。
 あらかじめ人が多ければ見ないという先例にならなければいいが。

神宮徴古館
新春企画展
国史の歩みI-クニの始まりと国家の成立-
20110101~0227

神宮美術館
特別展
葉-歌会始御題によせて-
20110223~0321

松坂屋美術館(矢場町・南館7階)
京都府立堂本印象美術館所蔵 生誕120年記念
堂本印象展 魂の美を求めて
20110209〜0227

愛知県美術館(栄)
レンバッハハウス・ミュンヘン市立美術館所蔵
カンディンスキーと青騎士
20110215~0417

名古屋市美術館(伏見)
没後120年 ゴッホ展
20110222~0410
http://www.gogh-ten.jp/
http://event.chunichi.co.jp/mobile/gogh2011/

『カンディンスキーと青騎士』 東京新聞・A&Dオーディオガイド 音声ガイド作品リスト附き 点数:25点 所要時間:約30分 ナレーター:藤村紀子氏・安井邦彦氏
*青騎士という現象を定義したり説明しなかったことに勝算があったのでは?
*ゴッホに比べたら知名度は低いわけで、当然、伝えるべき情報は増えてくるはずで、それが遜色ない時間で収められているのは壮観。
『ゴッホ展』 監修:深谷克典氏・平井章一氏 企画・制作:TBSテレビ/TBSサービス 音声ガイドシート附き 件数:21件 所要時間:約25分 ナレーション:安住紳一郎氏
*ガイドシートの画像を音声ガイド本体を読み込んで再生するカタチ。
*技術的にはスゴいが、応用の面で疑問が残る。音声ガイド専用の機械といえども音楽プレーヤーのような廉価の汎用性のある端末との競争も考えるべきなのでは?
*カバーフローと比べると手元の操作は簡便だがガイドリストの大きさ縦横は適切なのかも検討したい。
*音声ガイドの終了が、つかみづらい。文ごとが単発なので、読み方の問題もあるが「次に、お進みください」や「ピーン」など工夫が出来ないか?
*混んだ中で25分は長いのか? 前提条件を、どの程度に見積もるのか? どこまで細かく説明するのか? 問題がある気がする。

2011年02月21日

2題

大阪歴史博物館
発掘された日本列島2010
 毎年、好例になって久しい展示。再発見も定着してきた。やはり公共工事が、なかなか行えない昨今、バブル期に行った発掘の再評価や啓発の意味合い。GPSやレーザー計測など科学技術の発達や若手や別の研究グループによる資料の新たな価値の発見なども「発掘された日本列島」の、これからのテーマになるだろう。(って、これ去年も書いたのでは?)
 そうそう、東国のパルメット紋というか、古新羅系というのか? 蓮子を楕円ではなくオタマジャクシのように表現するような系統の瓦を調べないと、尾張と河内だけでパルメット紋は、どうも完結する話ではないんだな。たまたま取り寄せた神奈川の図録でもパルメット紋の特集が組まれていた。泉官衙遺跡の瓦を見て再確認。
 地域展が本展示と同じぐらいのスペースで充実している。
 盾形埴輪に線鋸歯文が描かれるんだな。線違い鋸歯文の系譜も木製品のような遺物として認知しにくいモノも想定しておかないといけないのかな? 銅鐸から連なるトラディショナルな系譜を持つ文様なんだよね。

橿原考古学研究所附属博物館
埴輪のはじまり
 破片からだと、なかなか全体像が見えないというか、研究史が膨大な感じで劣等感の塊になってしまう埴輪の話。
 そうなんだ、箸墓は、まだ、特殊器台なんだね。埴輪の成立とヤマト政権の樹立というのは実は直結していないのか?
 朝顔形埴輪って、ようは器種複合で、高杯形埴輪なんて言うのもあって、それが、ようやく「ああ器種複合なんぢゃん」と認識できるようになって、どっちかって言ったら西の特殊器台、壺形、朝顔形埴輪の系譜と、仁所野のように、高杯にパレス壺を載せてタガをめぐらせるような、どっちかって言ったら東の系譜。仁所野は、どうして単発で、西の系譜が隆盛になるのか? と、展示には関係ない話をしてしまった。

大阪歴史博物館
発掘された日本列島2010
同時開催:
なにわの考古学30年の軌跡-足の下に眠る歴史-
20110112~0228

橿原考古学研究所附属博物館
特別陳列
埴輪のはじまり
20110205~0321

2011年02月09日

2題

岡崎市美術博物館(中央総合公園内)
スウィンギン・ロンドン50'S-60'S
 50'S-60'Sのポップ・カルチャーの展示。
 誤解を恐れずに言えば「古道具」の展示である。しかし、もう50年が経過しているのか? この辺りが文化財と認識されるのも、遠い先の話ではない。
 逆に「古道具」と認識してしまうことが、50'S-60'Sに何の造詣もないことの象徴なのかもしれないし、地デジ化や液晶の発達、Apple躍進という、ファッションの洗練なのかもしれないし、ポスト近代の視座に立とうとする発展史観の拒絶なのかもしれない。
 と、古道具を見てきただけでは考えないような思考回路が刺激されることから言えば、50'S-60'Sの、それは、すでに古道具の域を超えているのではないだろうか?
『69』に対する憧憬が強すぎるのかな?

豊橋市美術博物館
常設展示 第3期
 展示自体は終わってしまっているので備忘録。
 内田古窯は不思議な遺跡だ。いわゆる黒斑系の埴輪を焼いた遺跡らしい。
 土師器窯業が、この程度の窯構造を必要とするようになったのか? 須恵器生産の影響で窯を選択し火力の調節の知見に乏しく、結果的に黒斑系埴輪を焼くことになったのか? 疑問が疑問を呼ぶ。
 岡崎の外山3号古墳みたいに、真っ赤な無黒斑埴輪というのもあるし三河の特徴というか、三河部での技術伝播、蓄積を考えないといけないのか?

豊橋市美術博物館
常設展示 第3期
20101113~20110206
20110104~0206(郷土玩具)

岡崎市美術博物館(中央総合公園内)
企画展
スウィンギン・ロンドン
50'S-60'S
-ビートルズたちが輝いていた時代-
20110129~0321