2題(12)
岐阜県博物館
飛騨・美濃の信仰と造形
−古代・中世の遺産−
人文第2室の展示。そもそも建前上は仏像や刀剣などを常設展示する展示室での特別展。(最近、行ってなかったので実施として、どうなっていたかは、よく知らない)
図録があるらしいが、手違いで遅れているらしく、ミュージアムショップで着払いで送ってくれるらしい。
仏像は、あえての円空外しで平安〜鎌倉くらいの都ぶりの珠玉尊像が集められている感じ。個人蔵とされる鰐口が2口(文和5年1356・応永25年1418)展示されている。
愛知県との関連では、奥田・安楽寺が施入した、いわゆる正和の壺(あの永仁の壺に対しての呼称だから適切なのか疑問もあるが…)が2口一対の展示ではないのが惜しまれるが、安楽寺の方が来ている。
注目は第5章の飛騨地域の神像群だろう。(ほかに長滝白山神社の狛犬が一対)
阿多由太(あたゆた)神社の随身は束帯?のカッチリした表現が甲府善光寺の源頼朝像や古い形式の束帯天神と共通で、12世紀を下らない作例で、どうしても「飛騨の匠」というと地域色の強い作風を考えるが、近畿の埴輪や、そのような他地域との作風とも共通する興味深い作品。
森水無八幡神社の神像は、10体の神像の形式分類から年代観を導き出しいているが、ほぼそのような年代なのだろう。しかし、群像論の立場に立つと、(図録が手元にないので目録から拾うと)「その五(1類型)」を中尊に「その三(3類型)」を向かって右の脇侍、「その六(2類型)」を左の脇侍にすえるような三尊形式が復元できるのではないだろうか? 年代は平安時代を下らないと考えたい。
4類型では左手に笏を持つ「その四」「その八」は、あるいは「その九」「その十」のような像と対になっていたのかもしれない。作風の共通性から「その四」と「その九」が対になるのでは? 2軀一対で随身のように完結しているのか「その一」のような立像の神像を中尊にすえるのかは熟考を要する。まあ、でも作風的に「その一」がズバリ「その四」と「その九」の中尊であるとは考えにくい。「その八」と「その十」は積極的に対であると考えるだけの要素に乏しい。(4類型は、いずれも鎌倉時代の前半に位置づけられるのでは?)
また、目を見開くような作例と、普通の面持ちの作例があり、尊格の違いとして、今後、注目していくべきだろう。
「その一」「その二」「その七」(いずれも、5類型)については時代が下ってから、独立に奉納されたものか、それ以前の群像を補う目的でつくられた神像であろう。
岐阜県博物館
岐阜、染と織の匠たち 人間国宝三人展
特別展示室の展示。山田貢氏、宗廣力三氏、土屋順紀氏の3人展。
こういう展示を、どう説明していいのか言葉につまる。
注目は染めと織り、着物の文様が、染められているのか織られているのか?
伝統の継承と新たな創造。
岐阜県博物館
マイミュージアムギャラリー
パッチワークキルト夫婦(めおと)展
牧歌的なキルトの展示。タイトルからすると夫婦の作品で、微妙に作風が違うので、注目して見てゆきたい。多様な色彩と民藝的風合い。
岐阜市歴史博物館(岐阜公園)
共催特別展
織田信長と美濃・尾張
信長展の後の『浮世絵展』が共催になるという意味なのか?
『へうげもの』にも登場した「初花肩衝」が展示されるということで、早速、見に行く。展示位置もあるのだが、人が多くてなかなか見れない。たぶん「横田」と「初花」の展示位置が違うだけで、そうとう見やすくなるのだが、格があるのでそういうわけにもいかないんだろう。
初花は当然だが、注目として郡上市白山町の阿名院の漆器群。長滝白山神社には根来塗りの瓶子があり、それと比べては見劣りするのかもしれないが、形式的に大ぶりな法量とガッツリとして絢爛な意匠は、まさに信長時代の作例で、状態は必ずしもよくないが、注目すべき作品。
郡上市大師講の鰐口(元亀2年1571「平信長」銘)が1口。
展示の中心は信長文書。麒麟の花押から「天下布武」のだ円の印から馬蹄形の印への変遷。
織田信長の肖像や蒐集した茶道具類を類聚した『図録信長』がオススメ。
岐阜県博物館
特別展
飛騨・美濃の信仰と造形
−古代・中世の遺産−
2012.0921〜1028
岐阜県博物館
特別展
岐阜、染と織の匠たち 人間国宝三人展
2012.0921〜1104
岐阜県博物館
マイミュージアムギャラリー
パッチワークキルト夫婦(めおと)展
2012.0901〜1008
岐阜市歴史博物館(岐阜公園)
共催特別展
織田信長と美濃・尾張
2012.0913〜1015