24 コラム 大江匡衡と赤染衛門
尾張に派遣された国司の一人に大江匡衡(まさひら)という人がいます。
その妻は赤染衛門(あかぞめえもん)で百人一首にも採られ、夫婦とも学問に秀でた人でした。
匡衡のすこし前の国司というのが藤原元命(もとなが)で悪い政治をしたとして百姓らに訴えられ解任された後だったので、最初は匡衡も百姓らとの確執(かくしつ)に苦労したようです。
そんなときに読んだとされる赤染衛門の歌が残っています。
しずが男の種干すという春の田をつくりますだの神にまかせん
国の人々が春だというのに稲種を干して植えようとしない、真清田(一宮)の神様におまかせにしてしまいましょう。
「のんきな事を言っているなぁ」と思われるかもしれません。
しかし、少し考えてみてください。この歌は和歌の〈聖なる〉チカラによって御利益があった話として、一般には説明されます。そのことはどういうことなのでしょう?
つまり、真清田の神様というのが、どのような神様であるのか? というのが本質を示すことになるでしょう。
また、百姓が元命を訴えた文書『尾張国郡司百姓等解文』も流麗な文章としてお手本になったため現在まで残ったといわれています。
20 律令の時代
21 須恵器の変化
22 国の寺の登場
1 東畑廃寺
2 尾張国分寺
23 尾張国府跡
24 匡衡と赤染衛門
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歴史に対する私観ですので正確なところは学術書でご確認ください。
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