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2008年06月29日

図録鑑賞

 図録鑑賞
 大和文華館『特別展 鏡像(きょうぞう)の美−鏡に刻まれた仏の世界−』平成18年
 鏡面に神仏を刻むことは、鏡の機能性を損なうことにほかならない。
 しかし、『神道集』の「鏡宮」の縁起に象徴されるように、当時、鏡は魔法の装置であり、人々を信心へとむけるきっかけでもあった。
 そのような、呪術的な鏡に神仏を刻むこと。
 その表裏が写真で見れるのは、うれしい。

2008年06月22日

俳句

薄闇に クチナシの花 匂いけり

奈良3題+α

奈良県庁
法隆寺展
 再建、非再建(古いなぁ…)問題とは別に金堂内の年代観のごちゃごちゃ。
 復古の思想であり、聖徳太子の翳(かげ)の表れでもある。
 その、実見は貴重。
 僕なりに瓦当と台座を精査。
江戸時代の仏教・神道版画
 仏教版画が体系的。
 庶民の思いと、宗教空間の歴史が、なんとなくシンクロ。
高僧と美術+α
 知らずに行ったら講演会とシンクロ。
 絵画史的には南都炎上よりも鎌倉新仏教的(南都仏教の復興的活動も新仏教と呼ぶ)な宗教改革の方がより影響が強かったとする。
 南都炎上 = かまくらクライシスなんて図式は成り立たないのか!!
 展示は笠置曼荼羅。日吉曼荼羅。根来塗。
 最後の1区画が興味深かった。ああ、栄西の文書、公慶の勧進帳も良かった。
 学園前、菖蒲池の新興住宅地。美しいような、なんか・・・

奈良国立博物館
特別展
国宝 法隆寺金堂展
080614〜0721

奈良県立美術館
特別陳列
庶民の祈り 志水文庫
江戸時代の仏教・神道版画
080607〜0727
*時代が下るのであなどられがちだが、神道美術を考える上で江戸時代の版画は貴重な資料といえる。

大和文華館(奈良・学園南)
館所蔵
高僧と美術−聖をめぐる人々−
080523〜0629

2008年06月19日

今夜9時

太政大臣
左大臣
右大臣
蘇我臣
中臣
豊臣
大蔵大臣

・・・
『渡る世間は(おみ)ばかり』
くっ、くだらん!

「こんとんじょのいこ…」

2008年06月15日

図録鑑賞

図録鑑賞
生誕290年 木喰展
 江戸時代に活躍した、いわゆる木喰の展示図録。
 六字名号は、なんか民芸としてみてもいい。

豊橋市美術博物館
生誕290年 木喰展
〜庶民の信仰・微笑仏〜
080516〜0622

2008年06月12日

清書

播隆と 共に参るか 山開き
潮騒に 白い貝殻 海開き

2008年06月11日

俳句

表白の 聲高らかに 山開き
播隆と 共に登るか 山開き

2008年06月08日

俳句

水田に 観音寺山 映り込む

仏法の初め、

安土城考古博物館
 ヒノヒカリってお米の品種だったんだね。
『仏法の初め、茲(これ)より作(おこ)れり』
 吉備池廃寺から、四天王寺へいって、それが近江へ流入し近江で広がる、諸方への展開。
 山田寺系(吉備池廃寺系? 重圏文単弁八葉蓮華文と言うのか?)と、高句麗系のコラボ的な、、、
 近江というと統一新羅系となんとなく考えていたので不勉強、不勉強。

水田に 観音寺山 映り込む

安土城考古博物館
春季特別展
仏法の初め、茲(これ)より作(おこ)れり
−古墳から古代寺院へ−
080426〜0608

特別展記念連続講演会
近江の古代寺院 北村圭弘氏
080608 午後1時30分〜

『天の果て地の限り』

 大和和紀氏『天の果て地の限り』講談社漫画文庫。
『キトラ展』から、ずっとカバンの中に入っていた。
 中大兄、大海人、額田王の、いわゆる3人の話。
『キトラ』『尾張国分寺』『仏法の初め、』と律令づいてる。
 中世に、どっぷりつかりたいのだが、、、

2008年06月06日

蜜月の作品群

『悪党的思考』と『異形の王権』。
これが年頃の男女なら「蜜月の作品群」と呼ばれても不思議ではないように思う。
その根底に流れるのは「愛」のような気がする。

2008年06月01日

大好き

水田

 この時期の近鉄の蟹江、弥富、桑名の風景がたまらなく好き。
 水田なんだけど、なんか、おだやかな海を思わせる。

俳句

残雪の 便りの届く 山開き
潮騒に 貝殻1つ 海開き

白い貝殻

後醍醐の異形

もう一つ、天皇史上、例を見ない異様さは、現職の天皇でありながら、自ら法服を着けて、真言密教の祈禱を行った点にある。

『異形の王権』p219
 ここから数ページが、ぞくぞくする。

新仏教への非難

このころ『野守鏡』や『天狗草紙』に見られるような一向宗  時宗の徒や禅僧に対する非難が著しく高まる一方、文観の場合に見られるように、禅律僧を積極的に肯定する風潮もまた著しかったのである。

 注53『異形の王権』p252
 新仏教という言い方は近代になってからつけられた言葉で、当時の感覚はもう少し複雑なように感じる。
 例えば能役者などは「阿弥」号を持つ時宗(時衆)であるとか、寺の勧進にかかわる僧は禅律僧が多いだとか、(なんか書いてて意味不明になってきた)
 つまり、時宗や真宗、禅宗、律宗、西大寺派などは、なんか、その場の文脈で読まなければならないような気がするというか、、、意味不明。

平産の祈禱

建武二年(一三三五)正月から二月にかけて行われた中宮の平産を祈る祈禱に当たって、
「東寺不断仁王経転読不動護摩毎日御影供」
「法勝寺円堂不断愛染王供」
「蓮華王院毎日三十三壇観音供」
「清水寺不断観音供」を修した「江真僧正」が文観弘真であることは間違いないところで、

『異形の王権』p211
 いよいよ、文観の登場! 文観は文殊の「文」観音の「観」を係字に付けられた名前とされる。「殊音」とも名乗り、これも文殊・観音の一字づつ。
「弘真」の「弘」を音の通じる「江」で表現するこのような類のは、この時代よくあること。
 それよりも、お産の修法。
「仁王経」「不動」「愛染王」あとは蓮華王院も清水寺も観音菩薩が本尊で観音の霊地として有名。
 チャンカンマン(ちょっと)備忘録。

飛礫の時期分類

これを大まかに概括してみるならば、(1)飛礫が武器としての機能やそれ自体の持つ呪術性・神意性を含めて生活そのものであった原始社会、(2)同じような意味をなお広く持ちつつ、さらにさまざまな機能の分化が見られる一方、それを制約する力が働きはじめている中世前期まで、(3)飛礫のそうした機能が、権力によって、また社会自体によって、さまざまな領域に組織・抑制されるとともに、その神意性・呪術性は表面から消え、社会の深層に意識されることなく生き続ける中世後期以後、という区分になろう。

 番号は引用者。『異形の王権』p185
 飛礫の時代による利用のされ方の違い。獲物を捕るための飛礫はある意味呪術的性格を持ち合わせ、その呪術性の推移なのだろうか?
 現代、飛礫は球技などの大衆的なスポーツに取って代わられ、あらたな転換期をむかえているともいう。

三重2題

ル・コルビュジエ展
大まかに展示は、建築と絵画・造形にわかれる。
『美の巨人たち』のコルビュジエ兄弟で、なんとなく知っているコルビュジエという人物。
日本のIId類にも大きな影響をあたえたであろう建築。
キュビズムというかピカソというかの影響をつよく受けたであろう絵画。
その建築と絵画が1人の人間の中で融合している。このスゴさ。

金刀比羅宮 書院の美
もう何年か前だが雨の中、金刀比羅宮を訪れた。その時空の感覚もまたすばらしいが、書院の中まで観ることはなかなか難しい。
美術館で再現された書院。なかなかの壮観である。
一郭では田窪氏が障壁画を仕上げている。
まさに金刀比羅の時空が再現されているのである。

四日市市立博物館
特別展I
世界遺産の歩み—20世紀モダニズム建築の巨匠—
ル・コルビュジエ 光の遺産展
080426〜0622

三重県立美術館
金刀比羅宮 書院の美
応挙・若冲・岸岱から田窪まで
080426〜0608
http://www.asahi.com/konpira/