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2010年03月31日

激昂と微笑

「激昂」で同期する媒体と「微笑」で同期する媒体。
なんか差別化されてていいよね。
『ゲゲゲの女房』見てるって事は日本か?

くまちゃんはヒカルにとっても大切なパートナーだから「僕にください」とも言えないし、
いや、まて! 天神様、くっ、くまちゃんにまで、手を???

i_氏の解説に期待。。。

官憲について

「ウチの会社について構ってくれるな!」
 という意見もあるようで、そんな枝葉のこと関係がないが、ここは「相似」して、閑話休題。まあ、その枝葉の所を死守しなくちゃいけない人々がいるわけで、あきれてものが言えない。とりあえず官憲について考えてみるのである。
「治安格差」については以前にふれたが、最近の官憲発表を見る限り、確実に存在するね。
 事件に、大きい小さいがあるのかね? あれ以後、猟奇殺人が減ったという話も聞かないし、人によっては「管轄外」くらいのこと言いかねないだろう? 方やピンポンで捕まえてるんだぜ! なんだよ、その格差。
「ウチのカシラがやられたから報復しなければ」という日本の伝統的な発想で、その格差は生まれているんではないだろうな?
 あの発表について、いろいろ批判はあるわけだが、厳然とた「治安格差」であるという指摘はあったのかな? まあ、確かに凶悪事件というのはあるわけで、しかし、凶悪事件と、それ以外というくくりで本当に対応に差があっていいのか? 要人の治安はピンポンから守られて、庶民は惨殺される。こんな正義で正しいのだろうか?
 と、取り急ぎなので、まとまりのない話になってしまった。

2010年03月30日

「〝ジャパンコレクション〟の提案」

 なんか画像がデカい!
 地図サイトが終わっちゃって、地図にアクセスできなくなっちゃってるんだけど、4月が始まってからの方が、メンテナンスはいろいろと便利かな? と不思議な考えから、荒れたままです。

「〝ジャパンコレクション〟の提案」『視点・論点』
 を見たという話なんだけど、ジャパンコレクションとは、全国の博物館・美術館に収蔵されている品々を網羅的に眺めたときの総称。そのような作品群のなかで企画展が組めないか? というような内容。だが、この人、キュレーターがどんな活動してるのか知ってるのか?
 もう、すでに、博物館・美術館の学芸員の頭の中では、自分の得意分野の〈ジャパンコレクション〉ともすれば、全世界的な作品は網羅されてて、ハコと予算さえあれば、すぐに、その程度のことは可能なのではないだろうか?
 ウチだって『白瑠璃の碗』というカタチで〈ジャパンコレクション〉の膨大なデータの中から、必要な情報を引き出しつつある。
 いや、博物館・美術館の学芸活動を無視した状態で〈ジャパンコレクション〉の目録だけ作ったとしても何も活用されないだろう。(逆に、そのようなものにアクセスしないのはもったいないことなのであるが、、、例えば、館蔵品目録や優品図録のようなカタチで各館ごとにまとめられている場合はあるし、近所の常設展・収蔵品展を見に行くことは〈ジャパンコレクション〉を間近にするチャンスである)
 1種の、のり突っ込みなのかな?

持てる女はつらいねぇ

「俺の相方、超ー心の優しいええ奴。」
 だってさ。持てる女はつらいねぇ。。。ヒューヒューだよ(^_^)/~~~
 i_さんも、まんざらではないのでは?
 一妻多夫制でもOKな感じぢゃん!

 怨憎会苦?
 いいぢゃん、いいぢゃん! 他人なんて、そんなに違わないよ。
 う~~~っ! なんかガールズトークしたい! !

2010年03月29日

責任をとれないシステム

 別に他人の会社の人事異動なんか、どうでもいいな。
 報道が確かだとしたら、うまいこと考えたもんだ。
 でも、「最悪のシナリオ」を報道して、「それよりマシ」を受け入れさせる商法って、なんか、なじめないんだよね。
 でも、報道が確かだとして、このシステムだとしたら、誰にも責任がとれないんだよね。それが1つの手で、偽王を担保しておきたかった訳ではないでしょ。タレント性が高すぎて、切るに切れない感じだよね。
 俺だったら、2人切っちゃつて、浜崎氏を取締役にするんさ。んで、7月くらいに「両立はムリ」って取締役辞退させるの。そしたら、ちゃんと責任が責任の取れるところに戻ってくる。
 別に他人の会社だな。でも、あの商法は継続ってことか、、、たまったもんぢゃないな。

2010年03月28日

まあ、聞き流して、、、

 例えば、ある時点から「無視」というプロトコルを選ぶことを「last link」とするとしよう。
 もう、無視を選択するということ自体が、この構造から逃れられていないような気もするが、そこはとりあえず置いておこう。
 しかし、そのプロトコルを貫けるのだろうか?
 こっちが、そっちの行動にあわせて、エントリーを立てることも不可能ではない。
 例えば10回に3回、同期したとして、、それは、「無視」を貫いていると言えるのだろうか?
 逆に、無視を貫いているハズなのに、その同期は〈心的な違和〉となって、立ち現れてくるだろう。その〈心的な違和〉に、完全な非生産性を保てるのだろうか?

 まあ、別に選択権は、そっちにあるんだから、別に聞き流して。。。

2010年03月27日

別に意地悪ぢゃないけど

 少し意地悪な事を言ってしまえば、例えば、
「アイツが、何か言ってくれって言ってるから、何か言ってやれよ」
 と、俺が言ったとしよう。
 その場合に、君が取り得るプロトコルは、

 相似・相反・無視・展開・飛躍・誤謬

 くらいしかない。まあ、選択するプロトコルの意外性というのもあるんだろうけど、案外、選択肢は限られている、と思うのは、僕だけか。
「無視」というプロトコルを発見したことが、なんか僕の中では大きな成果だな。

 な、無闇にあらがっても疲弊するだけだよ。同期しちゃえよ。

2010年03月25日

エロ小説

「ねえ、ひぃ、挿入ていい?」
「だ、ダメだよ、もともと、ものの入るトコロぢゃないから」
「大丈夫だよ、ちゃんと軟膏、塗ってほぐしてあげるから、だから、いいでしょ?」
「ダメ! 恥ずかしいし、私、そんな事しても、興奮しないから」
「えっ? 俺はスゴく興奮してるんだけど」
「嘘だ!」
「嘘だと思うなら触ってみればいいぢゃん」
「えっ? どれ? えっΣ( ̄□ ̄)! 普段よりカタい。くっ。ヘンタイぢゃん」
「え〜〜っ! 普通、ではないわな」
「そうだよ! 鼻の穴に指を挿入れたいなんて、ヘンタイだよ」
「ひぃのエッチ! そんな露骨な言い方しなくても、、、もっと、オブラートに包んで、アソコにアレを挿入れるとか言ってよ」
「そっちの方が逆にエロいわ!」

2010年03月22日

3題

やっと2010年度に、片足つっこんだか?

国立国際美術館

国立国際美術館(大阪・中之島)
絵画の庭
ゼロ年代日本の地平から
「evolution」から「Prisoner Of Love」までか。2000年安保と言うのがあるとすれば「構造と個人」だ、というような話は以前したな。
 社会に対するテーゼというより個人的な欲求が重んじられて、〈構造〉との対峙は、〈表現〉という行為そのものを瓦解させる。こう書くと、なんかゼロ年代を総括してしまったようで不思議だ。
 10年代は、結局、俺のフィルターを通さないと何も始まらない時代なんぢゃないか? あっくんのフィルターでもいいのか? というのは冗談で、もっと、微細な〈構造〉の〈複雑系〉として、総体が垣間見れる時代になる。個々の〈微細な構造〉は、比較的、単純なプロトコルによって、相関関係を有している、その相関関係の抽出がメインになるのか?
 つまり、〈知の大系〉そのものが〈美〉に、直結する。つまり、ゼロ年代に忙しくしてた事と研鑽をつんだ事が、まぎれもない〈相反〉として、たち現れて、、、
 いい加減、長いな。

隣が市立科学館だったのでたちよる。
 科学館のミュージアムショプのひながたって、何処が元凶なんだ? 置いてあるものは興味深いのに狭い!
 展示は、天文とマテリアルに特化してる。(後で自然史は別立てなのを知って、それなら、それで、いいのだ)

橿原考古学研究所附属博物館
ここまでわかった平城京
『白瑠璃の碗』始めたのに、コレをレコメンドし忘れた!
 県調査が中心なのか? そんなこともないか? 発掘でわかる「平城京」のレビュー。
 まあ、年度末の展示なので、うならせる展示なのだが、遷都関連で、「平城京」に興味のある方は、図録だけでもゲットしておくとよい。

 そうそう、母と小さい娘がいて娘が、
「ねえ、ママ、これは、どんな意味?」
 って、聞くんさ、
「自分で見て、いいか悪いかで、意味なんか無いから、、、」
 それって、子供に対する説明として正しいのか?
 少なくとも〈ママ〉という概念を植え付けたのは、あんたでしょ?
「四角い紙に描いてあるね」とか「○○が描いてあるね」最後に「う~~ん、そんだけだね。どう? 好き?」みたいな、説明の仕方もあるように思うのだが。
 まあ、育児経験がないから言える理想論かもしれないけど、、、

国立国際美術館(大阪・中之島)
新築移転5周年記念
絵画の庭
ゼロ年代日本の地平から
100116~0404

橿原考古学研究所附属博物館
特別展
ここまでわかった平城京
100206~0322

2010年03月20日

信長を育んだ勝幡城

信長を育んだ勝幡城
 いいなあ、お金有るところは、受付とか司会者とか湯水のごとく使ってるよね。(ああゆう人材も自分のところで持っているのか?)っていうか、稲沢の歴史系のマネーフローが変わるのかな?
 上質のアカデミズムは上質のエンターテイメントであるという考えの人だからなのか、「これは歴史ぢゃないから、、、」と言われても、エンターテイメントでもないだろう。
 もっと歴史地理的な勝幡の立地についてでもいいし、弾正台家のクロニクルでもいいし、神話なら神話で、構造神話学的なアカデミズムも、ないわけではないわけだし、逆に歴史小説的な信長の若年期であれば、かえって考証的な、あれこれって必要なのか? と思ってしまう。
 まあ、観光資源であって歴史ではないからという前提つきで大いにやってもらいたいものだ。(後援のところで、色分けしてもらえると判りやすい)

 小牧で「信長時代の石垣」が出たのは初耳。でも、あそこの担当者、そんな言い方するかな? と、なんか、すべての情報が嘘に聞こえてしまう。

 てか、逆に考えると、信長の生母の実家というのも、信長生誕地として可能性があるわけだな。奥田や北島も、そう言う蓋然性がないか?

稲沢市民会館 中ホール
=信長を育んだ勝幡城= 服部徹氏ほか
20100320(土) 午後12時30分、開場

http://ooutsuke.jp/

2010年03月19日

カクレクマノミ

もし お父さんが いなくなると、
いちばん大きい子どもが お父さんになって たまごをそだてる。

 鈴木克美氏・石井聖岳氏『カクレクマノミは大きいほうが お母さん』あかね書房p16
http://www.amazon.co.jp/dp/4251011120/

 別に、カクレクマノミの生態の説明なんだけど、つい、普遍性というか、一般性を考えてしまった。
 自然誌の入門書というだけでなくて、時に子供にとって、人生訓にもなるであろう良書だよね。

2010年03月18日

あづまぢリンクの新機軸

「使用説明」書いてて思った。
『ネクストあづまぢリンク』は、マイページと開始時期・終了時期のメール案内、そしてレコメンドだろ?
 どうにか借り物のアルゴリズムでなんとかできないかなあ?
 でも、そうやって自分でレコメンドするとなると、その難しさに気づくな。

2010年03月14日

3題

一宮市博物館
尾張平野を語る14 尾張の学問と文化展開

 いや、自分の席が惜しかったというか、固定客で飽和している講演会に、いいも悪いもないような気がする。
 まあ、尾張というか名古屋を中心とした文人のレビューというような内容。3回に登場する人物と業績が有機的につながって、クロニクルに頭の中でなったら、ああ、もう江戸時代も恐いことないな。と思えるくらい充実している。

尾張の絵画史-東西のはざまに咲いた華-
「東西」が、東洋と西洋と勘違いしていて、南画というか西洋画の影響の話かと思ったら、東日本と西日本だった。
 まあ、枝葉のことだけど、織豊期に始まる女性の肖像画だけど、それ以前に涅槃図に女性を書き入れるような流れ、その対として男性の肖像があったと考えれば、フェミニズム史的な観点から、どんなことが言えるのかな? と考えてしまう。

尾張の本草学と洋学
 伊藤圭介とシーボルトの蜜月。伊藤圭介の独自性の部分の内容が時間の関係ではしょられてしまったのが惜しい。でも、名古屋で朝鮮人参が作られていたというのも初耳だし。
「本草学」って博物学なのかな? と、いい加減に考えていたら「薬学」というか漢方薬を調べる方法という、そう言えば当たり前のことを考えていなかった。いや、でも実用だけが「本草学」の領域なのだろうか?

尾張藩における国学の展開
 あふれる知の体系。お正月に再放送してた徳川慶勝の番組、名市博の『開府400年展』もあって、その市井の国学の大系が1人のカリスマを祭り上げて、ダイナミックに活動していく様が興味深かった。
 どうも国学というと「平田学派」的な攘夷や廃仏毀釈のような危険な側面が強調されることもあるが、尾張では、どうだったんだろう? と思ったら、どうもはしょられた所にあったらしい。聞けばよかったか。やっぱ、本買っとくか、、、

一宮市博物館
尾張平野を語る14 尾張の学問と文化展開

尾張の絵画史-東西のはざまに咲いた華- 吉田俊秀氏
100228(日) 午後1時30分~3時
尾張の本草学と洋学 遠藤正治氏
100307(日) 午後1時30分~3時
尾張藩における国学の展開 岸野俊彦氏
100314(日) 午後1時30分~3時

2010年03月11日

コレいいよね

あゆの輝ける未来

33歳 ハリウッド映画主題歌で世界進出アジア、ヨーロッパ、アメリカでayu旋風を巻き起こす
34歳 Aベストコンプリート発売→売り上げ180万枚年間1位→引退
35歳 エイベックス幹部就任
36歳 エイベックスのアメリカ進出が成功しあゆは年収150億の超億万長者に
38歳 民主党推薦で福岡6区から衆院選に出馬、麻生太郎を倒し国会議員になるも初登院のド派手な金髪パンツスーツが話題に
40歳 若年層の圧倒的な支持を買われ岡田内閣の文部科学大臣として閣僚入り
44歳 文部科学大臣時代の功績と世界的な人気が評価され外務大臣に
46歳 若手党員の推薦により民主党幹事長へ
48歳 前原首相と衝突し、内閣解散へと追い込む→ayuの乱
49歳 民主党代表選に出馬、前原、朝妻氏を倒し民主党代表へ、史上最年少初の女性内閣総理大臣浜崎あゆみ誕生
55歳 間接民主制では国民の声が反映されないとの思いから議院内閣制を廃止し大統領制採用へ
56歳 浜崎あゆみ日本国初代大統領へ就任
58歳 政界引退するも議院に多数のayuチルドレンが残っているため事実上ayuの傀儡政権、ayuは法皇として権力を振るう

 文科大臣と外務大臣の間に防衛大臣を入れると完璧なのではないか?
 どう? なんか見えてこない。ぐふふふ。いいよね。いいよね。。。

2010年03月08日

生きることの残酷さ

 エンターテイメントと学術の共通性は、エンターテイメントの頂点を「アカデミー」と呼ぶことからも判るように、、、と、回折格子が止まらなくなってるのだが、あの「入り江」が血に染まっているところで、一変される。
 あの入り江が血に染まった映像を「残酷」だと思う?
 屠畜場(とちくじょう)では、もっとたくさんの血が毎日流れているのに……
 牛はステーキになるために飼われているから残酷ではなくて、イルカは天然に生きているものだから残酷だという議論が解らない。
 生きると言うことは残酷で、ゴマ粒2つにだってタマシイがあって、そのタマシイを自分の糧にすることが生きると言うことだ!
 ゴマ粒を食うなとか、牛を食うなということが言えるのだろうか? いえるのは、アイツだけだ。こういう議論が見えなくなるのは「都市化」のせいでもあって、何を食べるのにも、その食べるものが発した「断末魔」を聞かなくても済むという不思議な状況がそうさせている。
 昔「弥生体験」というのがあって、石器で食材を切ってみようというのがあった。野菜は、まあ当たり前。でも、肉や魚は、変な言い方だが、わずかながら「アンモニア臭」がする。魚屋さんのそれ、といってピンとくる人も、少なくなっているだろう。まあ、不愉快なにおいが、そこにはあるんだわな。
 最初「やっぱ野菜、切ってた方が不快ではない」と思ったんさ、でも、それは愚かな考えだと思う。つまり、「生きることは残酷」なのである。
 逆に「鶏をつぶす」くらいのことをやって、初めて「弥生体験」なのではないか? と思うようになった。(と、いいつつ、つぶした鶏は食べたことがないな。釣った魚は食べたことあるけど)
 そう考えたときに「入り江」のパロディーとしての「柵(さく)」という屠畜場をあつかった映画は、相応にパンチのある映像だと思う。(結局、ドヤ終わりなのか、、、)
 昔『もぐタン』みたいな科学系アニメがいっぱいあって、その中で、水産業も「栽培漁業」に転換すべきで、その中でイルカはシープドッグ的な役割を果たすのかもしれない、というような内容の番組もあったんだよ。
 イルカには、言語もあるし芸もできる。その「芸」について異論を差し挟むことは、そのような可能性もリジェクトしてしまう行為であるということに、本当に気づいているのだろうか?(まあ、シープドッグが「野蛮」であるという考えもないわけではないわな)
 本当に、異文化を理解できない以上に、生半可な知識で否定する民族性って理解できないって、バリ、異文化が理解できてない、、、

2010年03月06日

『シーモンスター』

「サクラサク」
 なんか、商売っ気がいい感じに軽妙なpopになってて、思ったよりいい感じ。ガルネクと聞き比べれば、おのずと、ガルネクの「売りにくさ」が感じられるだろう。
 まあ、個人攻撃は辞めておこう。DVDは3本目が秀逸。
 ああ、ここで、あの企業と、この企業がくっつくんだね。犬の名前であったり、あのメダル後のあのおかしな発言が報道されるのとか、なんか不自然な感じがしてたんだけど、ああそう言うつながりか、、、(そう言うつながりの業界地図とかあったら買うのに、、、って、存在を知らないだけか)そうか、ゼリー飲料のラインもあるのか、、、

『シーモンスター』
http://www.amazon.co.jp/dp/4863130791/
「雑記」にすべきかもしれないけど、もろ「平板なpopアート」なので、ここで。
 まあ、重箱のスミをつつけば、生物の肛門がないんだよね。昔、金魚飼ってて、金魚よりも金魚のフンを見るのが好きだった。(今もさして変わってないな)別に、個人的に気になるだけかもしれないけど、、、
 あとは、もう少し自己デザイン化するのではないか? という所。海洋生物って、泳ぐから流体力学の中で生きていて、なんか不自然な感じがするんだよね。
 まあ、なんか、NGの回数が決まってるというか、学術的なディテールとしてのCGのクオリティーには、こだわりが薄い気がする。
『アバター』の人気なんか見たら、ああ『シーモンスター』が3Dなら無敵だよねと思ったら、もう上映されているらしい。確かに飛び出る作り込みだわ。
http://www.warnermycal.com/event/seamon/
 もう「日本のミュージック・クリップの次の人」的なスタンス(それだけでも、プレッシャー、すごいんだろうけど)では、技術が向上していて媒体が変質しているんだから、太刀打ちできないよね。でも、逆にそう言うものの方が美術館に飾りやすいのか?
 ダイナビジョンいいよね。下手なシネコンより画面が大きい。コンテンツが世界展開できて、媒体を選ばなければ、教育的な内容の番組でも興行的に成り立つのかな? やっぱ広告収入が多いのかな? ああペイチャンネルか?

2010年03月03日

「小型人類の謎」

「衝撃の発見! 身長1m・小型人類の謎」『サイエンスZERO』
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp294.html
 ちょつと偏向しているかもしれないが要約すると、インドネシアで縄文時代が始まる頃にいた原人が異様に小さくて、形態的にも猿人に近いところもあって、進化の多様性がうかがわれるというような話。
 しかし、「進化の多様性」を強調するあまりに「重層的な生活面」が、軽視されていないだろうか? パーティー間の交流のようなものをどのくらいに見積もるのかは難しいのかもしれないが、たとえば、ジャワ原人から北京原人くらいの広さでもって、原人の分布群があるとしたときに、本当にあの距離感で亜種化するだろうか?
 いや、ジャワ原人と北京原人でどのくらいの時期差があって、どのくらいの形態差があるのか知らないシロウト考えなんだけど、、、まあ、物理的な距離感より環境的な距離感の方が大事なんだろうけど、、、
 脳の容量にしたって、一度進化したものに対して、容量の問題って重要なのだろうか? つまり、男と女の間で平均的に男の方が頭が大きいから男の方が賢い的なステレオタイプではないか? もっと、ミームが存在していて、どうしてそうするのかは考えられないけど、そうするということがあるのだろうか? だから、類人猿が道具を使うというのは、道具の使用というミームを人間が教えているだけなのだろうか? 見てまねるということから、伝統は生まれるんだろうけど、、、
 結局、思うに、種とか生物学に関する価値観やタームって、キリスト教的世界観であったり、そのアンチテーゼとしてのダーウィニズムに、ガチガチに束縛されてて、実相がちゃんとみれてるのかな? と思うときもある。こういう時に、日本人でよかったと思う。